回 水羊羹

京都の夏の暑さは格別でして、とくに今年の猛暑には参っています。浜松も日中は暑いのですが、夜になると気温が下がり、熱帯夜になる日数は少ないのではないでしょうか。35年も京都の夏を体験しながらこの暑さには一向に慣れません。年々体にこたえるばかりです。

そんな京都で、一口、口にしたら爽やかな涼風が吹いたような気分を味わえるのが、今回ご紹介する甘泉堂の水羊羹です。十分にこしてこして、きめの細かい餡と寒ざらしの寒天でできる水羊羹は絹の舌ざわりで、すべるように喉を通り、甘みは残らず、小豆の香りが広がります。

「京都でいちばん最初に水羊羹をつくらはったんは、甘泉堂はんどすなーと、あるお菓子屋さんがいうてはった」と書かれたのは随筆家の大村しげさん(故人)です。 お店で確かめると、それがいつ頃からは分からないとのことでした。甘泉堂の水羊羹が変わっているのは一棹を十切れに切って紙箱に入れて売っていることです。

最近、青竹に水羊羹が流し込んであって、笹の葉でふたがしてあるものを売る店が増えてきました。 私が最初に求めたのは先斗町駿河屋の「竹露(ちくろ)」でした。青竹の底に穴を開けるキリがついていて、それで小さな穴を開け、笹の葉を取って吸うとするすると口へ入ります。上品に食べようとして底に開けた穴をそっと吹いて、銘々皿なり、懐紙の上へするっと出し、黒文字で頂こうとしてもその吹き方が少しでも強いと水羊羹はお皿の向こうへ飛んで出てしまいます。人前では少々技を要する水羊羹です。そんなわけで、お遣いものには竹筒入りの水羊羹はおしゃれですが、家ではもっぱら甘泉堂の水羊羹です。

ところで、冬に食する水羊羹をご存じでしょうか。田丸弥という胡麻あえをおせんべいにした「白川路」で有名なお店が、冷え込む日のみ作っている「京の冬」という水羊羹があります。あいにく、私はまだ味わったことがなく、先の大村しげさんの文章で知りました。1月の寒の頃、あしたの朝はきっと冷え込みが厳しいだろうと思った時、夜から小豆を炊き始め、その小豆の汁に寒天を混ぜて、ぐつぐつと煮えた熱いもんを塗りの薄い箱へ流し込み、明け方の冷気でそれを固める。そして、越前塗りの船のまま、大村さんの家に届くのだそうです。今も届けられているお宅はあるのでしょうか。

また、福井にも冬に水羊羹があります。何年か前、家族が福井へ行った折、「冬なのに水羊羹を売っていた」と買って来てくれました。不思議な感じでしたがへらで切り分け、賞味しました。

今回、福井出身の親友に問い合わせましたら、「黒砂糖とこし餡と寒天で作った水っぽい羊羹を浅い紙箱から切り分けて、こたつに入って食べるのが、福井の風物詩です。江川の水羊かんが一番有名だと思います」とのこと。まさに、以前私たちが口にしたのがここのでした。

さて、甘泉堂の水羊羹に戻ります。京都で暮らし初めて最初の初夏にこれに出会った時の衝撃は忘れられません。口の中で溶けてしまいそうな、この瑞々しさが水羊羹なのかと一人納得してしまいました。それ以来、私にとって京都の夏になくてはならないものになりました。京都の和菓子の中で一つだけ選ぶとしたら、この甘泉堂の水羊羹以外考えられません。

お店は祇園四条通の花見小路より1本東の路地を北に入ったところにあります。路地に面して、ショーケースの手前のガラス戸を開けてやりとりすることもできますが、私は左の玄関から入り、最近はそこにある御座布団に座って、奥様とおしゃべりをします。先月17日、祇園祭の神輿が出発する前も少し時間がありましたので、「第4回 祇園祭」で取り上げた宮本組のことや、祭のご奉賛(寄付)のことなどを伺いました。

以前はゴールデンウィークから9月末までの販売でしたが、最近はお客さんの要望で4月1日から売っています。私は静岡の新茶が届く頃から、お店に足が向いてしまいます。

参考文献:鈴木宗康・大村しげ(監修)『京のお菓子』中央公論社 1978

(2013.8.15記)

 
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