回 花街の事始めと「試みの餅」

師走の京都の風物詩と言えば南座の「顔見世」です。11月下旬になると、独特の書体「勘亭流」で歌舞伎役者の名前が黒々と書かれた「まねき」が南座の正面に上がり、いよいよ「顔見せ」、師走がやってくるという気分になります。
 「顔見世」とは歌舞伎で1年に1回、役者の交代のあと、新顔ぶれで行う最初の興行のことで、東京の歌舞伎座は11月に行われますが、京都南座の12月顔見世公演は最も歴史が古いとのことです。

そして12月13日は「事始め」。私は京都に来て初めてこの言葉を知りました。正月事始めのことで、この日からお正月を迎える準備を始めるのだそうです。昔は事始めの日から煤払いをしたり、門松やお雑煮を炊くための薪などお正月に必要な木を山へ採りに行ったりする習慣があったそうです。また、1年の感謝をこめて、本家や得意先などへの挨拶回り、つまりお歳暮を贈るのもこの日から始めたということです。
 現代の京都で12月13日といえば花街の事始めが有名です。芸妓さん、舞妓さんたちは、舞や鼓、三味線等芸事の師匠宅やお世話になっているお茶屋さんを訪れ挨拶します。テレビニュースに取り上げられ、新聞の夕刊に必ず掲載される京舞井上流の家元、井上八千代さん宅では芸舞妓さん達は「おめでとうさんどす。今年もよろしゅうおたのもうします」と挨拶し、家元からは「おきばりやす」とご祝儀の舞扇を受けて、精進を誓います。
 また、家元では、稽古場に「玉椿」の軸が掛けられ、門弟から届けられた鏡餅が段飾りされ、その雛飾りのような光景は圧巻です。

さて、今回取り上げるのは「試みの餅(こころみのもち)」です。この奇妙な名前を初めて耳にしたのはたった1年前のことです。第2回で取り上げた川端道喜にまた言及しますが、この「花びら餅」で名高い道喜が年末の27、28,29の3日間だけ、一般に販売する花びら餅を「試みの餅」というのです。お正月に裏千家の初釜のために作るものを年末に試作して販売するという意味です。昨年、ご縁があって28日に予約、入手することができました。花びら餅については次回、詳しく書きます。
 つい最近、親しい友人二人が和菓子好きの私に「自分たちの仕事場の近くにとても美味しい和菓子屋さんがあり、お茶席用に注文分だけ作っている。12月13日頃から、餡を包む餅の中に黒ごまの入った試みの餅が登場する」という話をしてくれて、「何?試みの餅?」と思いました。
 「試みの餅」について調べてみますと、お菓子屋さんやお餅屋さんが今年のお餅の試作品として初めての餅つきのあと、お客様に届けたものと書かれています。
 教えて頂いたその和菓子屋さんは建仁寺のすぐ近く「松寿軒」(宮川町筋松原東入ル)です。早速その友人に予約してもらい受け取りに行きました。お店の奥様に伺ったお話では「試みの餅」の銘は、井上八千代さん宅の鏡餅をイメージして付けられ、この時期作られるようになったのではないか、ということでした。
 初めて口にする「試みの餅」。外側の薄い餅の中に黒ごまが少々のぞき、黒文字でスッと切れる柔らかさです。中は粒あんですが、これがあっさりとして瑞々しいのです。もうひとりの友人はジューシーな餡と表現して、さすがと感心しました。

余談ですが、黒文字を入れた途端、写真を撮っていなかったことに気付きました。すぐお店に電話して、翌日また受け取りに行ったのでした。ちょうど13日でしたので、京都にある五つの花街の一つ、宮川町筋を歩いていくと、綺麗どころが美しい着物姿で通るのを写真に収めようと、30センチもあるかと思われる望遠レンズ付きカメラを持ったおじ様、というよりお爺様たちがズラリと待ち構えており、一瞬緊張してしまいました。
 私は帰宅後、「試みの餅」の写真を撮ったのでした。

 

(2013.12.15 記)

 
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