堀川佐江子 京都暮らし あれこれ

 

第17回 絶品「焼き芋」


 毎年、11月1日は待ちにまった焼き芋の解禁日です。河原町蛸薬師にある焼き芋屋さん「丸寿(まるじゅう)商店」は明治初期の創業、今年で136年にもなります。10月は蒸し芋で、11月1日から3月31日までの5ヶ月間が焼き芋の販売です。4月から9月まではお店が閉まっています。それは、いいお芋が採れる時期しか焼き芋にできないからです。
 わたしは昭和52(1977)年から京都に暮らし始めましたので、もう37年も通い続けています。お芋が焼き上がるのは11時半、12時半、1時半、2時半の4回です。焼き上がる頃にはいい匂いが辺りに立ちこめ、河原町通りを蛸薬師に曲がると漂ってくる匂いですぐに分かります。しかし、この時お店に行っても買うことはできません。先客が何人も列を作っていて、匂いに釣られて列についてもありつけないのです。ですから、1時間は待つつもりで出かけます。
 ご主人の西村光生さんは4代目です。わたしが若い頃、ご主人は、いえいつもおじさんと呼んでいますので、おじさんと呼ばせていただきます。おじさんは錦市場の八百屋さんに勤めていましたから、昼間はご両親がお店にいて、夕方から夜にかけておじさんが裸電球をともして売っていました。
 20年くらい前から顔を覚えてもらって、待ち時間にお話をするようになりました。早めに行くと、仕込みを見ることができます。特注の大きな木桶の中で、30センチ近くある3Lから4Lの大きなお芋を洗い、惜しげもなく両端を切り落とし、均一に火が通るようにお芋の胴体もそぎ、塩水に漬けます。それから、鋳物職人によって誂えられた大釜に塩を撒き、お芋をきっちり詰めて並べ、さらに塩を振って、重い木のふた、これも特注で、昔かまどでご飯を炊いた釜のふたを巨大にしたものをバタンと閉めて20分から25分、一度裏返しさらに40分で焼き上がります。燃料は炭とコークスとのことです。お芋は徳島の鳴門金時、それも里浦の「里むすめ」という最高級の品種です。
 1度に2つの釜が同時に焼き上がりますが、1釜にお芋が約20本。列の先の人が続けて10本も買ったり、南座に出演中の役者さんの付き人が楽屋で配るからと1釜買ったりしてしまうと、4、5人しか当たりません。そうしたら又、1時間待ちです。雪が舞うような底冷えのする1月、2月はとくに列が長くなりますから不思議です。いや、当然ですね。
 わたしは行列に並んでものを買うのは好まないのですが、ここの焼き芋だけは別です。それはもちろんおいしいからです。焼きたてほくほくを帰宅後すぐに頂く楽しみもありますが、丸寿のは少し変わっていて、4,5日から1週間は涼しい所に置いて、少しずつ羊羹のように切って頂くのです。今日より明日、明日よりあさってと甘みが増します。1週間ほどしたら、冷蔵庫に入れ、お芋も呼吸をしていますから紙でくるんで、ナイロン袋には入れずに、包む紙は2日に1度は取り替えます。2週間もすると、落ち着いた黄金色に染まり、芋羊羹のようにしっとりとした味わいになります。
 もうひとつ驚くのが、わたしが通い始めた37年前から百グラム百円のお値段がずっと据え置きのままということです。消費税が3%、5%、8%になっても変わりません。もう意地としか思えません。おじさんの頑固さはまだあり、「食べ歩き厳禁」の札が下がっていて、若いカップルが「1本ください」と言い、「今、食べるの?」と聞かれ、「はい」と答えようものなら「売りません」とぶっきらぼうに言われてしまいます。また、「撮影禁止」の札も貼ってありますが、今回特別許していただきました。

 何年か前、北高の同級生Mさんが拙宅に遊びに来てくれた時、前日に購入した焼き芋を1本「今日より明日、明日よりあさってがおいしい」と説明し、「1、2週間もつから少しずつ切って楽しんでね」と渡しました。その夜、彼女から電話があり、「1週間ももたないじゃん、1センチずつ切って、全部食べちゃった。」

 
参考文献 「じっくりと寝かす焼き芋」『東山見聞録』順正、2012冬号(2013年1月にしらはぎ会京都旅行の時に昼食を頂いた湯豆腐「順正」の広報誌です)

(2014.11.14 記)