堀川佐江子 京都暮らし あれこれ

 

 

 

第21回 わらび餅

私が子どもの頃、わらび餅と言えば引き売りのおじさんから買う物でした。チリンチリンと鐘を鳴らしながら、小ぶりの屋台を引いて来ました。家の前を通る時に買っていましたが、今でもよく覚えているのは8月13〜15日にある八幡様のお祭りでのことです。露店が並ぶ境内のはずれ、暗いところに1台のわらび餅屋台がぽつんと止まっていたのを兄と共に見つけ、買いに行きました。若いお兄さんと母親らしき人がいて、水の中から網じゃくしでわらび餅をすくい、三角の紙袋に入れてくれました。私が「おまけして」と頼むと、本当にてんこ盛りにおまけしてくれたので、「言ってみるもんだな」と子ども心にうれしくなりました。氷水に入っていたのか、ひんやりとおいしく、翌日も10円玉を握りしめて、兄と行ったのですが、屋台はありませんでした。

わらび餅は山菜の蕨の地下茎を叩きほぐして洗い出し、精製したデンプンであるわらび粉から作ります。わらび粉に水と砂糖を加え、加熱しながら透明になるまでかき混ぜるのはとても力のいる作業です。私もたまに自分で作りますので、焦がさないように練り上げるのは腕が疲れるほどです。透明になったら、バットに広げ、冷ませば固まって出来上がり。冷蔵庫に入れると白濁して固くなりますから自然に冷まします。それを切り分け、きな粉をかけて頂きます。

和菓子屋さんで売っているわらび餅はふつう、きな粉をまぶした1口サイズの四角いものです。ところが、京都に来て、こし餡入りわらび餅があることを知りました。その出会いは忘れもしない、1977年、連れ合いの恩師のお宅に初めてご挨拶に伺ったときです。きな粉をまぶした丸いお饅頭と思ったら、楊枝でスッと切れて、中には薄紫色をしたきれいなこし餡が見えました。そのこし餡のきめ細かさが、ふるふるっとした薄い皮と溶け合い、京菓子の未知の世界に遭遇した、と大げさに言ってしまいたくなるほどの衝撃でした。多分、私がふしぎそうな顔をしたのでしょう。奥様は「わらび餅です。こし餡が透けるような紫色で、わたしも大好きなんですよ。」とおっしゃいました。
 翌年、図々しくもこのお屋敷の離れに住まわせて貰えることになり、ベビーカーを押して、時々その御倉屋(みくらや)という和菓子屋さんにわらび餅や季節の生菓子を買いに行きました。

こし餡入りわらび餅はどこの和菓子屋さんでもあるものではなく、当時、私が見つけたのは、「先斗町駿河屋」、高瀬川沿い三条上ルの「月餅屋直正」、烏丸丸太町の「亀屋廣永」の3軒でした。そして16年前に山科に引っ越して来たところ、大丸山科店に入っていた「芳治(よしじ)軒」にわらび餅があったのです。
 早速いただいてみたら、期待通りの美味しさでした。しかもお店のメイン商品として、年中買うことができます。それで、わが家に最初に来られたお客様には必ず、ここのわらび餅をお抹茶とともにお出ししています。
 大丸山科店の芳治軒で接客される方は日により、時間により、何人かいますが、一番上品で美しい方がやはり芳治軒の奥様でした。以前、お店について色々教えて頂きました。芳治軒は現在3代目、その方は2代目夫人でした。初代は昭和2年に有名な京菓子司である「塩芳軒」から暖簾分けを許され、「芳」の文字と自身のお名前、清水金治さんの「治」を合わせて、「芳治軒」という屋号にしたとのことです。今回、わらび餅について詳しくお話を聞きたくて、大丸からほど近い旧醍醐街道に面した本店に行き、息子さんである3代目のご主人とお話しました。
 ショーケースの中を見ると「蕨餅」と漢字で銘が書かれていました。先代である父上がこの銘にされたそうです。こし餡のきめ細かさが、他の上生菓子のこし餡と違うと常々思っていましたので尋ねてみますとやはり、材料の小豆は同じですが、餡の炊き方を変えているとのことです。上生菓子を形作るために使用するこし餡より、瑞々しく感じるものに仕上げているそうです。なるほど、それでまわりの蕨餅とこし餡が口のなかで溶け合うのかと納得しました。香ばしいきな粉について伺いますと、先代から黒寿(くろず)という焙煎が濃い、つまり深煎りしたきな粉を使用しているとのことです。通常より、色と香りが濃いのです。もう1点、こし餡入り蕨餅は京都独得のものかお聞きしましたら「早春のこの時期、お茶の先生からの注文があるからです」というお答えでした。そして、お客さんの要望が多いので、通年で作っているそうです。その時は1つしか残っていませんでしたが、すぐに奥でもう1つ作ってくれました。

引き売りのわらび餅は15年以上前に京都でも、軽トラックにスピーカーで「わ〜らび〜もち〜、かきごおり〜」 という節回しで通るのを聞いた記憶があります。買ったことがないので、確信は持てませんが、お値段からしてその材料は蕨粉ではなく、甘蔗(サツマイモ)やタピオカ、又は蓮根のデンプンから作られていると思います。昭和の昔も同じでしょう。子どものお小遣いで買えたのですから。
 現在の京都でも、こし餡の入らないわらび餅で有名になっているお店なのに、本蕨粉を全く使わず、よくて葛粉が入るくらいの所があり驚きます。本蕨粉は製造にとても手間がかかり、大変高価です。

いつだったか、「和菓子好きの堀川さんが一番好きなお菓子は何?」と聞かれたことがあり、返事に困ったのですが、かなり考えてから「わらび餅」と答えたところ、その人は「え?あのスーパーでパックで売られているわらび餅?」と笑い出しました。京都生まれの京都育ち(この言葉は京都の方がよく使います。私たちは浜松生まれの浜松育ちなんて言いません)を自負していますが、餡入りわらび餅のことはご存じないようでした。
 今回、5軒のお店の名前を挙げましたが、どこが一番美味しいかは決めかねます。というのも、好きな物はやはり、どこのお店のものでも美味しいのです。酒飲みが酒なら何でも飲むのと同じですね。

 

参考サイト 和菓子にみる京 vol.10芳治軒 山科の旧街道でおいしさを伝える

谷宗牧と蕨餅 歴史上の人物と和菓子 とらや


(2015.3.23 高25回 堀川佐江子 記)