京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

第22回 杉本家住宅で和菓子のお稽古

和菓子好きが高じて、とうとう自作するためお稽古を始めました。といっても、先日初参加、どうなることやら。

杉本家住宅は京都烏丸四条を1本下がった綾小路(あやのこうじ)にあり、平成22年に国の重要文化財に指定されました。杉本家は寛保3(1743)年、呉服商「奈良屋」を創業、明和4(1767)年以来、この地に定住した京都の商家です。奈良屋はこの京店をもっぱら仕入れ店として、関東地方、主に千葉に店(たな)を持つ商いの形態を採り、江戸時代から明治、大正、昭和にかけて、京都と関東の文物、文化の交流に重要な役割を果たしました。
 現在の建物は幕末、蛤御門の変の「元治の大火」で類焼後の再建でして、明治3(1870)年の上棟、今年で145年となります。綾小路通りに面する建物は、京都の中心部にありながら、江戸以来の大店の構えをよく伝え、表屋造りによる大規模な町屋構成の典型を示しています。町屋としては市内最大規模に属し、現在も家族の住む家として使われています。
 杉本家には家屋のみならず、古文書のほか、行事や冠婚葬祭の機会に江戸時代より用いられて来た什器・祭具がよく保存されています。この貴重な文化遺産を崩壊、散逸から防ぎ、継承保存していくため、平成23年に「公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会」が設立されました。代表理事を勤める現当主の杉本秀太郎先生はフランス文学者で、高名なエッセイストとしても知られています。
 杉本家のある場所は祇園祭の山鉾町に属し、「伯牙山」を維持保存し、伝統の祭を支えています。ちょうど重文指定を受けられた平成22年に杉本先生のご講演を聞く機会がありました。祇園祭を支える町衆としてのお話はとても興味深いものでした。ひとつ印象に残ったお話は、山鉾巡行の折、八坂神社に向かって四条通を東に進むときのお囃子は、死者を悼み、怨霊をしずめるため悲しげな節で、四条河原町を曲がった途端、曲の調子は明るく、軽やかなものに変わるということでした。私は30年以上も知らずにぼんやりとテレビ中継を眺めていたのでした。

杉本家住宅では年に3回一般公開をしています。雛飾り展と端午の節句展は隔年で、7月祇園祭屏風飾り展、10月は秋の企画展があります。私は祇園祭のときに2回見学したことがあり、今年初めて雛飾り展に行きました。その時、渡されたチラシに「日菓さんに学ぶ 和菓子のお稽古」があり、ふと、やってみたくなり申し込んだのです。
 「日菓」というのは最近雑誌などでもよく取りあげられている若い女性二人組で、現代的な感覚を伝統の技と感性に織り交ぜながら、ユニークな意匠の和菓子を作って、イベント等で発表しています。日菓には「毎日食べたい和菓子」「日々のお菓子」「日本のお菓子」という意味が込められています。工房では月に1日だけオープンする「月一日菓店」をやっています。日菓の二人組のひとり、内田美奈子さんが先生です。
 重い木の扉を開け、店舗棟を抜け、住宅棟に上がります。新顔は私ともうひとり、継続の方が4名集まり、合計6人でお稽古が始まりました。
 テーマは「春」です。まず、春のモチーフとは?と思いつくものを紙に鉛筆で書き出します。私は「桜、うぐいす、たんぽぽ、新芽、筍、よもぎ」が思い浮かびました。先生が春からイメージして春は眠いからと、デモンストレーションで見せて下さったのは丸めた生地に、点々がついたヘラで2つ筋を並べて付け、銘は「春眠」。思いっきりイメージをふくらませるのが「日菓」です。
 その後、先生が実際に3箇所のお店で購入して来た生菓子8個を鑑賞。ひとつずつ銘を書き留め参考にします。たとえば、「胡蝶」「京弥生」「若牡丹」「花ひとひら」「春の水」「草の春」などがありました。それから、自分のイメージするものを絵にします。私は前の日に、知人より届いた京都近郊、長岡京特産の筍に舌鼓を打ったばかりでしたので、筍の先端を和菓子にすることにしました。筋目をつけた下手なスケッチでしたが、先生に「それ、いいですね」と言われ、気をよくして決定、制作開始。
 まず、こなし生地で試作します。「こなし」というのは白あんに小麦粉、米粉を混ぜて蒸し、砂糖を加えながら、揉みこなしたものです。「練り切り」との違いを尋ねますと、練り切りは鍋に白あんを入れ、上新粉(餅粉)を混ぜて練り上げたもので製法が全く違います。こちらは関東で使われ、どうも「こなし」は京都独得のもののようです。ちなみに2012年1月しらはぎ会京都旅行で体験した七条甘春堂での和菓子作りで使用したのが「こなし」です。その時も職人さんに二つの違いを質問したのですが、説明があまりにも詳しすぎて、結局よくわかりませんでした。  生菓子はこなし生地で白あんを包んで形作りしますが、練習の時はやり直しがきくようにこなし生地のみで成形します。なるほど、合理的です。まず、生地を3:2に分けます。生菓子は普通1個50グラム、外側が30グラム、中のあんが20グラムとのことです。
 最初に30グラムの方に色をつけるため、先生が用意してくださった、青、緑、黄、赤の着色料を少しずつ加え、折りたたむようにして色づけしていきます。わたしは黄色を使って筍の色をつけました。次にあんを包む練習です。着色した方を丸め、手の平で平たくしたところに20グラムに丸めたあんを乗せ、左手の平をすぼめるようにして、回転させながら、あんを押し込むように包んでいき、閉じます。それから円錐形にするため、少しずつ先を尖らせました。この時、指ではなく手の平を使うように注意されました。指の跡がつくとおいしく見えないとのこと、もっともです。
 それから、ヘラで筋目をつけます。一生懸命ぐるり一周つけていたら、「上に高くそびえるのは和菓子としてどうか?」と言われ、たしかに不自然な感じがして、横向きに寝かすことにしました。となると、筋は半周つければよいのでした。次に先生は「影がつく程深い筋より、浅い筋にしてください。筋の間隔はそれでいいです。」また、丸めるところからやり直し、OKが出たところで、いよいよ本番です。
 こなし生地を染め、白あんを包み込んだところで、「和菓子作りの経験があるのですか?」と聞かれ、例のしらはぎ会の行事の話をしました。全くの初心者よりはましだったのでしょう。同じものをもう一つ作りました。銘は筍でなく、「木の芽」です。

さて、それから老舗で購入して来た和菓子から1つ選んで模写する時間になりました。絵画は模写をして学び、書も臨書といって古典の名品の書きぶりを真似て勉強します。今回のお稽古はいきなり創作をして、その後模写ですので、逆ではないかと思いました。
 色を染めるところから形づくりまで真似るのです。私は鶴屋吉信の「春の水」を選び、青色に染めました。着色料のメーカーはたくさんあるので同じ色には染まりません。そして手本は洋菓子のモンブランのように細く絞り出したものを水の流れのように並べ重ねてありましたが、その道具がないので、ヘラで筋目をいくつもつけてみました。そのあと、少し残してあったこなし生地をピンクに染めて、型を使って花びらを2枚上に乗せました(写真上)。
 先生がいれて下さったほうじ茶(煎茶じゃないんですよ。浜松人には意外ですが、京都ではほうじ茶が普通です)で、「春の水」を頂きました。2時間半はあっという間でした。先生が準備してくださった、こなし生地と白あんはたくさん残っていましたので、「お持ち帰りください」ということで、4つずつ頂いて、帰宅後作ったのが右です。銘は「春萌え」です。

自作品は夕食後、おそるおそる頂きました。以前、息子が言った「手作りほどまずいものはない、売ってるものはおいしいぜ。」とのせりふが頭をよぎりましたが、材料は先生が用意してくださいましたから、なかなかのものでした。そして、同居人の感想は・・・無言でした。

 

参考文献 公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会 会員募集趣意書
日菓『日菓のしごと 京の和菓子帖』青幻舎 2013
『BRUTUS —あんこ好き。』765号 マガジンハウス2013.11.1
参考サイト 杉本家住宅

日菓


(2015.4.25 高25回 堀川佐江子記)