京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

第23回 還暦同窓会と「落とし文」

私たち北高の25回生は今年3月までに全員還暦を迎えました。そこで、この5月16〜17日、 舘山寺温泉の高級ホテル九重にて還暦同窓会が開催されました。卒業から42年、本当に懐かしい同窓会でした。私は夕方の浜名湖クルーズから参加しました。乗船すると、まさに卒業以来という人に何人も会えて、おしゃべりに夢中になっていたら、30分足らずのクルーズは一瞬で終わり、船はホテルに戻って来てしまいました。1学年486名のうち、出席者123名は盛会で、集合写真は壮観でした。毎年、1月2日に同窓会はあるのですがこんなに集まったのは初めてです。

風薫る新緑の初夏、京都の暑い夏はすぐにやって来ますから、つかの間のさわやかな季節です。この時期、見かける和菓子が「落とし文」です。風流な響きの「落とし文」は公然とは言えないことを文書にしたため、路上や廊下に落としておく物でした。
 一方、オトシブミ科に属する甲虫をオトシブミと言います。体長8ミリメートル内外、ナラ、クヌギ、クリなど広葉樹の葉を筒状に巻いて、巣を作り、中に1個ずつ産卵し、地上に落とします。この筒は揺りかごとなって、孵化した幼虫は葉を餌として成長するのだそうです。その筒状の葉は落とし文に見立てられ、俳句の世界ではホトトギスが山から運ぶ便りとして、初夏の季語となっています。

 私は長いこと、落とし文とは菓子銘だと思っていました。というのも5月の菖蒲、杜若の後、6月の紫陽花の前に見かける生菓子の意匠だからです。昨年、友人が「落とし文が作る揺りかごは葉がくるくると巻かれているだけでなく、端がきちんと折られている」と言ったのを聞いて、「えっ?虫?」とビックリしてしまいました。私は、昔の手紙は巻き紙でしたから折って結んで、さりげなく、しかも分かるように通り道に落としておいたのだろう。ホトトギスの落とし文という言葉もあるから、葉っぱで餡をくるんだ意匠なのだと勝手に思っていたのです。まさかそんな名前の虫があったとは。

 今回、あちこちの和菓子屋さんで「落とし文」の銘の生菓子を探しましたが、なかなか見つかりませんでした。淡交社の本に載っていた塩芳軒の「落とし文」がとても美しかったので、昨日予約の電話をしたところ、「普段は作っていません。こなし生地のものは3日前に予約して頂けましたらお作りします。おいくついりますか?」「いくつからお願いできますか?」「10個からです」と丁重なお返事でした。西陣にある塩芳軒は第21回の「わらび餅」で取り上げた芳治軒の初代が修行し、暖簾分けを許されたお店です。生菓子の美しさ、上品なおいしさはすぐ近所に住む友人が、年に何度もお土産に下さるのでその度に感動して、一度お店を訪ねたいと願っていました。店頭に並んでいる物とお茶会等、受注生産するものとは違うことを初めて知りました。写真は人様のものを拝借しました。
 入手できたのは第7回の「試みの餅」で取り上げた宮川町の松寿軒の「落とし文」です。今朝電話をしましたら、2つだけありましたが、午後までにもう1つ作ってくれました。材料があれば作ってくれます。
 もう1軒見つけたのは大丸京都店に入っている「京都鶴屋 鶴寿庵」です。京野菜の壬生菜で有名な壬生にあり、新撰組発祥の地、壬生屯所であった八木家が当のお菓子屋さんでした。なぜか銘は「草の露」で、葉の上に乗っている白い粒は砂糖でした。葉っぱはこなし生地でもっちり、中のこし餡はあっさりとして、とてもおいしかったです。以前見かけた他店の「落とし文」は、葉の上にある小さな粒が寒天や、白いこなし生地などで作られていました。これは虫の卵をイメージしていると言いますから、頂く時少し抵抗があるかもしれません。それで、ここのお店は銘をあえて「草の露」としているのでしょう。

 

ところで、還暦同窓会にはとても会いたかった人が来ていました。紅顔の美少年(死語ですね)だったその人には当時、声をかけるなんてもってのほか、落とし文ならぬラブレターなど渡せるはずもなく、ひそかな片思いでした。42年ぶりに会ったその人は、布袋さんの体型をしていました。会わなければよかった・・・。

 

参考文献 『今月使いたい茶席の和菓子270品』淡交社 2011
オトシブミ 『大百科事典』平凡社 1984
京都鶴屋 鶴寿庵 しおり
参考サイト 「器とお菓子」

(2015.5.22 高25回 堀川佐江子記)