京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

 

 

第24回 映画「あん」と「どら焼き」、そして「みかさ」

実は私は和菓子と同じくらい、大の映画好きでして、年間たったの30本余りですが、映画館で見ています。その原点は浜松の中央劇場です。随分前に無くなってしまいましたが。

映画「あん」は樹木希林さんが粒あんを炊く、ということと、監督が奈良市出身の河瀬直美さんという2つの予備知識で見に行きました。冒頭、満開の桜の木々の美しさに息を飲みました。そのすぐ近くにある小さなどら焼き店「どら春」の雇われ店長、千太郎を演じる永瀬正敏さんがひとりで店を切り盛りしています。どら匙という道具を使い、鉄板で皮を焼き、あんを挟んで売っています。店内には4人座れば満席というカウンターもあり、女子中学生が放課後、どら焼きを食べながらおしゃべりに興じています。
 樹木希林が演じる徳江は「アルバイト募集」の貼り紙を見て、雇って欲しいと店を訪れます。年齢不問とはいえ、指の曲がった老婆を一目見て、千太郎は相手にしません。「時給は半分でいい」と懇願する徳江に、どら焼き一つ渡し追い返します。諦めきれない徳江は、再び訪れ自分が作った粒あんを食べてみてくれ、と言ってタッパーを差し出し帰ります。そっと食べてみた千太郎はそのあまりの美味しさに驚きます。そして、三度訪れた徳江は「皮はまあまあなんだけど、あんがねえ。作った人の心が感じないのよ。どら焼きはあんが命でしょ?どうやって作っているの?え〜〜業務用?・・」一斗缶を見て絶句する徳江は、自分が50年あんを作って来たことをさらりと話します。千太郎は「明日から手伝ってくれませんか。」と言います。
 翌日、夜明け前からあん炊きが始まります。1晩水に浸けた小豆をざるに上げ、新しい水と共に炊きます。沸騰したらまたざるに上げ、ゆでこぼし、やさしく万遍なく水をかけます。これを渋切りといいます。鍋に戻して水を加え、中火から強火にかけ沸騰したら、小豆が軽く踊るくらいの火加減で木のふたをし、40〜60分炊きます。このときの徳江の表情がいいのです。鍋のそばに耳を近づけ、小豆のふつふつ煮える音を聞きながら、「おもてなしだからねえ」とつぶやきます。千太郎は「えっ?お客さんに対する?」「違うのよ、小豆に対してよ。畑から来てくださったんだから」印象に残る言葉でした。
 さらに40〜60分、皮がやわらかくなるまで、豆が動かないくらいのごくごく細火で煮ます。徳江はその音を聞いて「はい、火から下ろして。」その後したのは、流しで水道の水を細く細く出して、鍋のふちから入れるのです。「やさしく、やさしく」と言いながら。すると、泡やアクが静かにあふれ出て煮汁が澄んでいきます。粒を傷つけないよう、いとおしんでいるように思えました。アップになった徳江の顔が本当に美しくて、樹木希林って、こんなに美人だったの?と思ってしまいました。
 それから、煮汁を切って丸底の銅鍋にあけ、砂糖を加え、粒をつぶしすぎないよう木べらで大きく混ぜ、最後に一斗缶から水飴を両手で一すくいして入れ、出来上がりです。すぐにバットにあけ、冷まします。余熱でどんどん豆が締まってくるからです。私もたまにどうしてもあんこが食べたくなった時、1カップの小豆から作りますが、せいぜい渋切りを2回するくらいでしたから、この丁寧さには正直ビックリしました。
 こんなに愛情込めて作られた粒あんです。どら焼きはまたたく間に評判となり、行列ができるほど繁盛しました。

しかし、話は一転し、徳江が元ハンセン病患者だったという噂が広まり、客足が途絶えます。徳江は店に来なくなります。千太郎と、店の常連で、徳江と心を通わせていた中学生のワカナは徳江を訪ねます。画面で見るあの黄色い電車は西武電車でしょう。バスを乗り継ぎ、秋の景色も美しい武蔵野の大自然に囲まれた所に辿り着きます。ここが東村山市にある国立療養所多摩全生園なのでした。
 徳江のことばです。「こちらに非はないつもりで生きていても、世間の無理解に押しつぶされてしまうこともあります。」「私達はこの世を見るために、聞くために生まれてきた。この世には、ただそれだけを望んでいた。・・・だとすれば、何かになれなくても、私達には生きる意味があるのよ。」
 映画は元ハンセン病患者が差別、隔離され苦悩を強いられたことを深刻に描いたりはしていません。それでも美しい四季の風景や、夜半の月が木々の間から顔をのぞかせている姿を見ながら、徳江のことばを聞くと、胸にすうっと深く深く入ってくるのを感じました。

徳江さんの作った粒あんのどら焼きを食べたくなりました。京都、奈良では「どら焼き」とは言わないで「みかさ」と言います。奈良の三笠山から来ています。ちなみに京都で「どら焼き」というと弘法さんの日、つまり毎月21日の前後3日間のみ売られる、東寺にほど近い笹屋伊織の「どら焼き」を指します(写真上)。最初に私がこれを買ったのは、京都に来て間もない37年前でした。「京都でどら焼きと言うたら、これやで〜」と教えてくれる方がいたのです。
 みかさでは、下鴨、洛北高校前に本店のある「京阿月」という店の「阿月(あづき)」がおいしいです。もちろん小豆からの命名でみかさの商品名です(写真左)。

奈良には直径15センチもある大きな「みかさ」があり、近鉄奈良駅前の「湖月」ではこしあん入り、「ふる里」では粒あん入りを売っていました。以前は奈良へ行った時には必ず両方買っていましたが、今はどちらのお店もありません。
 私が一番感動したみかさは奈良の「天平庵」という店の「大和三山」です(写真左)。朝焼きと銘打っている通り、毎朝焼きたてを店頭に並べ、午後には売り切れることもあります。大和三山というのは香具山、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)のことで、桜井市にある三輪本店のすぐ近くにある三輪山からよく見えるそうです。つまり、この3つの山=3つの笠の山、「みかさ」とかけているようです。焼き印はそれを表しています。
 何年か前、連れ合いの恩師である、東大寺M長老のお宅を訪れた折、奥様がお土産に持たせて下さったのが「大和三山」でした。「新しいお店ですが、おいしいんですよ」とおっしゃって、朝のうちに買っておいてくださいました。皮がしっとりふんわり、粒あんは甘すぎず、みずみずしい。これまでの「みかさ」のイメージが覆される思いでした。偶然ですが、東大寺の奥様から頂いた3ヶ月後、奈良市に住む北高の同級生(男性です)に大和郡山で会う機会があり、そのとき、なんと「大和三山」をお土産に頂いたのです。「堀川さん、和菓子好きでしょ?ここのおいしいから」と言って差し出された紙袋を見て、うれしかったこと!それ以来、みかさは奈良の天平庵にて求めるようになりました。

映画「あん」の監督は奈良市出身の河瀬直美さん、とはじめに書きました。河瀬さんは奈良の銘菓である「みかさ」がきっとお好きなのではないか、とふと思いました。

 

参考文献 ドリアン助川『あん』ポプラ社 2013
金塚晴子『和菓子まるごと大全集』NHK趣味悠々 2001.9.1
京阿月しおり
参考サイト 笹屋伊織

天平庵


(2015.6.22  高25回 堀川佐江子記)