京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

 

 

第27回 今西軒の「おはぎ」と糸井重里

数年前、友人が手土産に持って来てくれたのが、「今西軒」のおはぎでした。「いつもきな粉は真っ先に売り切れてしまって、今日もなかったの」と差し出されたのが、こしあんと粒あんのおはぎの包みでした。あんこ好きの私ですが、おはぎは特別好きというのでもありませんでした。ところが、この「今西軒」のを食べてみて、びっくり。小豆の香りがするのです。ほんのりと控え目な甘さが小豆の旨味を引き立てていて、紫色をしたこしあんが舌の上で溶けていくようでした。しかもたっぷりのあんこに、添えられたような中のご飯、このご飯もあんを引き立てるためのものです。第16回の「小倉百人一首と小倉餡」で最中はあんこそのものを味わうと書きましたが、この今西軒のおはぎは小豆そのものを味わうお菓子です。
 それ以来、何度か烏丸五条のお店に買いに行きましたが、午前中に売り切れてしまうので、電話で予約してから行くようにしました。そのうち、金、土、日曜日には高島屋でも買えるようになったので、もっぱらそちらを利用しています。今朝開店前、久しぶりに予約の電話をしたところ、「予約できるのは粒あんのみです。」「えっ?」耳を疑いました。よく聞くと、予約の枠はきな粉とこし餡は終了していて、店頭にはあるということでした。急ぎ家を出て45分ほどで到着。幸い、3種共ありました。奥様に伺ったところでは、創業は明治30年。3代目が引退した後、7年間店を閉めていたが、そのお孫さんであるご主人が4代目を引き継ぎ、再開したそうです。ありがたいことです。百貨店では粒あん×2,漉し餡1の3個セットで販売していますので、きな粉はお店でしか入手できません。きな粉の中にはこし餡が入っていて、作るのに一番手間がかかるそうです。

 おはぎとぼた餅の違いは、秋の萩の花が咲く頃が「おはぎ」、春の牡丹の花の時期が「ぼた餅」と一般的に言われています。今回、もう少し詳しく調べたところ、「お萩」は女房詞で萩の花のこと。そして、萩の花のように煮た小豆を粒のまま散らしかけたものが、萩の花の咲き乱れる様子をあらわしている。「ぼた餅」は牡丹の花の形に似ているからということです。
 また、秋は小豆を収穫して間もないため、小豆がやわらかいので「おはぎ」は粒あん。年が明けて春になると小豆の皮が硬くなるので「ぼた餅」はこしあんだったという資料もありました。今では、おはぎもぼた餅も同じように使われています。

おはぎは家庭で作ることのできる最も簡単な和菓子ではないでしょうか。私も子どもの頃、母と作ったことがあります。あんは近くのあんこ屋さんでこし餡と粒あんを同量買って来て、鍋で砂糖を加えて作るのが母のやり方でした。
 京都に来て、仲人をして頂いた先生のお宅に伺った折、奥様がちょうどおはぎを作っているところでした。「小豆が手に入ったが、置いておくと虫がついてもいけないので、お彼岸には少し早いが、おはぎを作ることにした。」とおっしゃっていました。仲人ご夫妻は京都に来られる前、北海道にいましたから、よい小豆が届いたのでしょう。粒あんを作って、炊飯器で炊けたご飯をすりこぎで搗き、手際よく丸めて粒あんをまぶしていました。出来立てを真っ先に私にくださり、とてもうれしかったです。奥様はまだ作っている最中なのに、私に早く食べるよう促し、あんこがついた両手を見せて、「お茶は自分でいれてね。」とおっしゃいました。申し訳なく思ったことを懐かしく思い出します。

ところで、コピーライターで「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰する糸井重里さんが大のあんこ好きというのを雑誌で知りました。それはマガジンハウスの「BRUTUS あんこ好き。」で編集部が20日間ほぼ毎日、糸井さんにあんこのお菓子を献上し続けるという企画でした。自ら「あん国大統領」と名乗っているそうです。豆大福、羽二重団子、どらやき、桜もち、あんマーガリン、川端道喜の羊羹粽、とらやの小型羊羹黒豆黄粉・・・と続きます。毎日、糸井さんからのお言葉が載っているのですが、最終日20日目の献上品はなんと今西軒のおはぎでした。
「最終回にふさわしい。僕はここにお参りに行こうと思います。こんなあんこを作れるようになりたいねぇ。高みに行こうとせず、しっかりと地に足をつけているところがいい。ちゃんと甘いんだけれど、次に手を進ませるあんこです。」
 こんな表現ができるなんて、わたしのあんこ好きは足元にも及びませんが、あん国大統領の側近にして貰えるよう、さらに精進したいと思います。

 

参考文献 「BRUTUS あんこ好き。」765号、マガジンハウス、2013.11.1.
中村孝也『和菓子の系譜』図書刊行会 1990年復刻

(2015.9.26  高25回 堀川佐江子記)