京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

 

 

第32回 厳寒期の水羊羹「京の冬」とおせんべい「白川路」

今年の冬は暖冬でしたのに、突然の寒波がやって来ました。明日から大雪、低温注意報と天気予報が繰り返していた1月23日(土)午後、電話が鳴りました。「田丸弥です。」「田丸弥さん?もしかして・・・」私の声はうわずっていました。「はい、そうです。あさって25日『京の冬』ができます。」
 拙稿第5回「水羊羹」で冬に食べる水羊羹のことを書きました。随筆家大村しげさんの文章で知った訳ですが、ぐんと冷え込んだ日に、田丸弥さんから溜塗りの舟(箱)に流し込んだ水羊羹が届くというお話です。特別な顧客のみが分けてもらえるものと思い込んでいましたが、拙文を読んでくださった友人が、申し込めば2、3年待ちで手に入ることを教えてくれました。それで、2013年秋に電話して、注文した次第です。2年と3ヶ月ほどで、順番が回って来てうれしく思いました。
 田丸弥の本店は北大路駅の西、紫竹東高縄町にあります。25日の午後受け取りに行きますと、ちょうどご主人の吉田達生さんがいらして、色々お話を伺うことができました。田丸弥は江戸時代まで丹波で旅籠を営んでおり、旅人をもてなすお菓子として、せんべいや水羊羹を自前で作っていたということです。
 元々、水羊羹は冬のもので、お正月の食べ物だったそうです。冷蔵庫のない時代、自然の冷気で固めたのです。明朝、キッと冷え込むと見定めた前夜から、家族総出の夜なべの寒仕事で製造しています。微量の丹波糸寒天をつなぎに用い、氷砂糖を加えた小豆の汁の煮凝り(にこごり)のようなものです。お話を伺う間、熱いほうじ茶とともに2切れ、お接待して下さいました。1切れは長いヘギに乗っていて、食べ方のわからない私は、そっとヘギを外し、一口大に切って口に入れようとしましたら、ご主人に「ヘギに乗せてそのままするりとどうぞ」と言われてしまいました。あわてて元にもどし、するりと一息に食すると小豆の香りが立ち上ってきました。ビックリしました。これが小豆を収穫して間もない旬の香りなのだそうです。ですから、冬のものであるとご主人はおっしゃいます。京の底冷えが創り出す風合いをお店で味わうことができ、幸せなひと時でした。

 田丸弥は明治の初めまで、代々の当主が田丸屋弥兵衛を名乗っていたため、田丸弥というのだそうです。伊勢丹の創業者が伊勢屋丹次郎というのを思い出しました。これは私が高校時代、従兄の許嫁が伊勢丹新宿店に勤めていて、なぜ伊勢丹というのか尋ねたら教えてくれたのです。
 田丸弥は400年も続く、おせんべいで有名なお店です。京都の方はおせんべいのことを「おせん」と呼びます。京のおせん処「田丸弥」の代表菓「白川路」は金胡麻・黒胡麻をふんだんに使い、伝来の技法にて京の胡麻和えを軽く焼き上げたものです。さくさくした食感と口に広がる胡麻の芳しさが何とも言えません。「白川路」の素材をさらに厳選し、短冊型に焼き上げた「白川路胡麻丹」は厚みもあり、食べ応えがあります。もう一つ、わたしが好きなのが「みそ半月」です。本店から程近い紫野大徳寺伝来の納豆味噌に京の白味噌を加え、海苔を置き分厚く半分に折ってあります。また、玉子煎餅に粒選りの落花生をたっぷり配し焼き上げたのが「貴船菊」です。どのおせんべいも初めて頂いた37年前と少しも変わらぬ美味しさです。私は米の煎餅はあまり好まないので、小麦を原料とする田丸弥の数々のおせんべいが大好きです。 右上の写真は上の袋入りが「白川路」で中段右が中身です。その左が「貴船菊」、一番左が「白川路胡麻丹」。そして一番手前が「みそ半月」です。
 これまた私が初めて知った時から変わらぬ田丸弥の包装紙。ご覧になってお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、この「春夏秋冬」の文字は静岡の生んだ有名な染色家で、「民藝運動」の主要メンバーであった「芹沢銈介」さんの作品です。昭和30年代から使っている包装紙だそうです。ご主人にいわれを伺ったところ、当時「民藝運動」のお客さまが何人もいらして、画廊をなさっているお得意様が仲立ちをして、芹沢銈介さんとご縁ができたそうです。
 お店はまさに「見世の間」の畳の上に商品が並べられており、洛中洛外図屏風に表わされている商店と同じです。室町時代からの伝統的なスタイルを守っています。
 いつも高島屋の催事に出店しているときや、堀川通りに面した堀川店で購入して、本店まで足を運んだことがありませんでしたが、「京の冬」のおかげで、ご当主とも親しくお話をすることができました。「京の冬」の次の注文をしたことはもちろんです。2、3年後のいつになることか、楽しみに待つことと致します。


参考文献 大村しげ 「京の冬」『京のお菓子』中央公論社 1978
田丸弥広報紙  季節のようかん「京の冬」
参考サイト 田丸弥
静岡市立芹沢銈介美術館

(2016.1.27  高25回 堀川佐江子記)