京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

 

 

第33回 「都をどり」と花見団子

今年の京都は積もるような雪もなく、分厚いオーバーコートの出番は数えるほどでした。もはや、桜の花もちらほら咲き始めました。和菓子屋さんではどこも桜餅とともに三色団子、つまり花見団子が並んでいます。
 京都の春を告げるのが、「都をどり」です。これは祇園甲部のきれいどころ、舞妓さん・芸妓さんが舞踊を披露するものです。期間は4月1日から30日まで、場所は祇園甲部歌舞練場で四条花見小路を下がり建仁寺に行くまでのところにあります。「都をどり」の始まりは、明治2年の東京遷都で衰退した京都の繁栄策として、明治5年に開催された京都博覧会の附博覧(つけはくらん、余興の意)として企画されたのだそうです。時の副知事、槇村正直は祇園万亭(現一力亭)の杉浦次郎右衛門に意見を求め、祇園の芸舞妓のお茶と歌舞を公開することにしました。そこで、杉浦次郎右衛門は祇園の舞踊師匠の三世井上八千代などと共に、普通はお座敷で少人数で舞うお座敷舞でなく、総踊りという集団での「舞」を考えました。それはそれは華やかな舞台です。今年、144回を数えます。
 この期間、お茶屋さんはじめ祇園の商店街の軒先では、団子の形を白く染め抜いた赤い提灯が吊されます。実はこの提灯の「赤地に白丸つなぎ」の意匠を施したのは陶芸家の三代清水六兵衛だそうです。当時の祇園の8つの花街を表す、8つの提灯を図案化したものと伝えられています。

京都に来て間もない頃、ヒマを持て余してアルバイトを探したところ、4月の1ヶ月間、都をどりの会場に出店する老舗の扇屋さん「宮脇賣扇庵」が販売員を募集していました。運よく採用され、1日4公演ある都をどりの合間に訪れるたくさんのお客様にお土産として、扇子や和の小物を販売しました。
 都をどりの切符には「茶券付特等観覧券、「壱等観覧券」、「弐等観覧券」の3種があり、茶券付特等観覧券というのは踊りの始まる前、芸妓さんが立礼式(りゅうれいしき)のお点前をし、最前列に座れたお客様は舞妓さんから、2列目以降のイスにずらりと座って見学するお客様には点て出しのお抹茶が運ばれてきます。その時のお菓子はとらやの薯蕷饅頭です。銘は「春の日和」。桜の焼印を押しています。焼印に配されたにおい(色差し)は、4月中頃までは紅、それ以降は葉桜の風情を表わして緑になります。毎日たくさんのとらや饅頭が運び込まれますが、仕事で休憩時間もないアルバイトの身では、持ち場を離れることもできず、ちらっと覗きに行くこともままなりませんでした。
  それから10年くらいして、切符が手に入ったからと誘ってくれた友人がいましたので、喜んで出かけました。もちろん、茶券付特等観覧券でした。お菓子は団子の絵柄がついた小ぶりの銘々皿(通称、団子皿)に乗っていて、そのお皿は懐紙に包んで持ち帰ることができるのでした。団子の絵柄は色違いで5種類あります。赤、青、緑、白、茶です。お運びの方がてきぱきと配って行きますから、何色に当たるかはわかりません。私に当たったのは茶色でした。つまり、一番おいしそうでない色の団子皿だったのです。きれいな緑色や赤色のお皿が当たった人はいいなあと思いながら持ち帰り、家でも使う気がせず、食器棚に入れたままにしていました。

 さて、お花見には団子がつきもののようで、先日たまたま、NHKのグレーテルのかまど「幸田文の花見だんご」を見ました。桜の名所、隅田川の堤で花どきだけ店を出す、よしず張りの掛茶屋があったそうです。そのだんごは「醤油の付け焼きだんご」と「あんこを乗せただんご」の2種類です。花見だんごの醍醐味を「ぐいと横食いすればそのうまさ、あまり甘くないあんが舌にからまってくる、その感触のやさしさ」と表現しており、だんごに対する並々ならぬ愛情を感じてうれしくなってしまいました。

  ふつう花見団子といえば、薄紅、白、緑の三色です。そして、私の知る限り、お花見をしながら団子を食べている人を見たことはありませんし、特設の団子茶屋も見かけません。今回、3軒の和菓子屋さんで花見団子を求めました。この写真は京都ではなく東大阪の絹屋という和菓子屋さんのものですが、薄紅色の団子に桜の葉が入っていていいお味でしたので取り上げました。

  ところで、上記の団子皿ですが、引っ越しのとき、粗品で貰った好きでもない食器類と共に捨ててしまいました。その直後、この団子皿はなんと八代清水六兵衛さんが監修された六兵衛窯で毎年焼かれているということを知ったのです。地団駄を踏むとはこういう時に言うのでしょう。

参考文献 幸田文「花見だんご」『台所帖』 2009 平凡社
参考サイト 都をどりの歴史
京都の春の風物詩「都をどり」 とらや

六兵衛窯


(2016.3.28  高25回 堀川佐江子記)