京都暮らし あれこれ 堀川佐江子

 

 

 

第35回 茶だんご

5月は新茶の季節。茶どころである静岡県人の私どもは、5月の連休には出回り始める新茶を心待ちにしています。一方京都では、皆さん新茶はそれほど召し上がらないようで、浜松でよく見かける新茶の幟もあまり見かけません。
 しかし、京都でお茶にちなんだお菓子としてまず思い浮かぶのが茶だんごです。

 春の初め、高校時代からの親友がお嬢さんと共に拙宅に遊びに来てくれました。「その前に、宇治の平等院や源氏物語ミュージアム等に行って来る」とのことでしたので、宇治に行くのなら、これは茶だんごを買って来てもらわねば、と思いました。それで、拙稿第3回の水無月でご紹介した京阪宇治駅前の「駿河屋」と、平等院への参道の中程にある「稲房」の茶だんごをお願いしました。「駿河屋」のは1串に3個ついています。十分おいしかったのですが、今回はもう1軒の「稲房」の方を取り上げます。というのも、あまりに美味しかったので、それから6日後、自身で宇治まで買いに行ったからです。
 「稲房」と地元の人が呼んでいるお店の正式名称は「能登椽 稲房安兼(のとのじょう いなふさやすかね)」といいます。創業は享保2(1717)年。このいかめしい名前について伺うと能登出身であり、椽(じょう)とは江戸時代の書記官の位だそうです。通常商人は使用できるものではありませんでしたが、嘉永6(1849)年に御室御所(現 仁和寺)より使用を許され、この店名としたようです。それで、毎年、御所に納めるべき金品に関する定め書きが今も店に残されているそうです。つまり、江戸末期、朝廷の威光が大幅に衰微した時期、出入りの商家に官位を与えて、冥加金を課したということでしょうか。この椽を付けた和菓子屋さんをもう1軒知っています。関宿(三重県)の銘菓「関の戸」を作っている深川屋陸奥大椽です。
 稲房の茶だんごは串に刺してなく、箱にバラで並べられています。お茶本来の少し茶色がかった緑色をしていて、弾力があり、しっかりお茶の香りのする美味しいお団子です。知り合いの息子さんがパティシエをしていて、抹茶カステラを作るのに、抹茶は火を入れると色が褪せるため、着色料を使わないで鮮やかな緑色を出すのはとても難しいと言っていたのを聞いたことがあります。その通りだと思います。
 店内にはお菓子を運ぶのに使った螺鈿の行器(ほかい)や落雁を納めていたという御室御所御用の看板などが飾られていて、歴史の重みを感じました。しかしながら、茶だんごの歴史はわりあい浅く、宇治川東の大茶万(おちゃまん)が大正8年に作ったのが始まりで、稲房も大正期からとのことです。材料は米の粉、抹茶、砂糖のみ。蒸した米粉に抹茶、砂糖を合わせ、十分に混ぜ合わせて練り上げる。これをだんごの大きさに切り、蒸籠(せいろ)に並べてもう一度蒸す。この2回目の蒸しが重要で1時間近くかけて中までゆっくり蒸すことで、だんごにしっかりとした弾力がつく。加熱時間が短い方が茶の緑色はきれいに残るが、楊枝を刺してはね返るような弾力は得られない。写真のように茶色がかった緑色の茶だんごはそんな理由からなのです。

 日本に茶を伝えたのは栄西と習った記憶がありますが、遣唐使として唐に渡った最澄や空海が平安時代に茶を持ち帰ったという記録があるそうです。当時のお茶は碾茶(てんちゃ--これを石臼で挽いて抹茶にする)で、嵯峨天皇が召し上がったとのことです。その後、鎌倉時代の初め(1191年)、宋から帰国した栄西禅師が茶の種を栂尾(とがのお——京都北部)高山寺の明恵上人に伝え、栽培と愛飲を勧めます。明恵上人はやがて茶の生育に適した風土を求めて、川霧の深い宇治を選びました。次第に宇治茶の名声は世に広まり、足利義満の庇護により1390年頃には天下一の茶どころとなったようです。
 宇治茶は生産量が少なく、宇治地区は主に高級な玉露の産地です。そのためか今回、街中で見たところ有名なI堂の新茶は1種類のみで50g1188円、100g2376円のものしか売っていませんでした。また、寺町のよく抹茶を求める古風なお店も同じで、新茶は50g1080円の1種だけでした。これでは京都の人が日常的に新茶を飲むわけがないと思いました。

 一方静岡県は日本一の生産量を誇る産地です。1244年聖一国師(しょういちこくし--京都の紅葉の名所、東福寺を開山)が宋よりお茶の種子を持ち帰り、生まれ故郷の静岡市郊外、足久保に植えたのが始まりという言い伝えがあります。明治維新のころ、元徳川藩士などによる牧之原台地の開墾により、お茶の一大生産地となりました。現在では全国の約4割を生産します。川根・天竜・本山(ほんやま)などの山間地は、昼夜の寒暖差が大きく、高品質のお茶の産地として有名です。
 今年5月4日、初めて天竜浜名湖鉄道という1車輌のみのローカル線に乗りました。全行程は愛知県との県境にある新所原から掛川まで浜名湖の北側をぐるりと回るのですが、その半分の西鹿島から掛川まで乗りました。途中、茶どころ遠州森町から掛川にかけて一面に茶畑が広がり、いつも新幹線の浜松から静岡間で見る茶畑よりもっと広大な風景でした。これを見ればいかに静岡県人がお茶をよく飲むか自ずと分かります。静岡県の人は、この時期大体1年分の新茶を購入して年中飲んでいます。ということはもちろん、宇治茶に比べたらずっとリーズナブルで、品質・お値段もピンからキリまであるということです。

 ところで、茶だんごを買って来てくれた親友は「なぜ2箇所で茶だんごを買うよう頼まれたのかなあ」と不思議に思ったそうです。そして、翌日は伏見の酒蔵巡りをして、利き酒をしようとお嬢さんと話し合っていました。私ならお酒は1箇所で十分なのですが。

参考文献 秋山十三子「茶店菓子——茶だんご 稻房」『今日のお菓子』中央公論社 1978
能登椽 稲房安兼 しおり
参考サイト 「新緑に映えるうぐいす色のおいしさ 能登椽 稲房安兼」 和菓子にみる京
お茶百科 伊藤園 2012

掛川茶 掛川市役所


(2016.5.29  高25回 堀川佐江子記)