第36回 珈琲羊羹とコーヒーの起源

6月の父の日が近づく頃、とらやの店頭で小型の珈琲羊羹が並んでいるのを見つけたのは3年前のことでした。3本ほど買って頂いてみたら、深煎りの苦みを感じる珈琲の味がしっかりした羊羹でした。 これは私の為のお菓子だわ、と再びお店に行きました。 実は私は、 コーヒーは普通に好きですが、コーヒー風味のお菓子には目がないのです。普段は見かけないので、伺うと「6月下旬までの販売で、 完売したら終了です」との答えでした。

先月はお茶が日本に入ってきた起源について書きましたので、今月は珈琲について調べてみました。 エチオピアあたりが原産のコーヒーが、14-5世紀ごろ、イエメンで飲まれ始めたというのが定説のようです。イスラーム世界において、スーフィー教団 のズィクル(念神勤行---ごんぎょう)で眠気覚ましに用いられたのが始まりらしいです。スーフィーというのは、神秘主義者のことで、羊毛を意味するスフに由来します。 羊毛の粗衣をまとったので、そう呼ばれました。スーフィー達は神秘的な方法で神と精神的に一体化するため、一定の手順で頭や手を動かすことによって恍惚的没我状態を達成したのです。彼らは日中、俗界で職人や商人として働いているので、夜の修行の為に、精神を高揚させ、眠気を遠ざけるものとしてコーヒーを飲用したようです。  

私はスーフィーの修行を一度見たことがあります。1983年、トルコの首都アンカラに滞在中のことです。12月にアンカラの南の古都、コンヤでスーフィー教団のひとつ、メ ヴレヴィー教団が公開で儀式を行うということを知り、出かけました。白い厚手の上着と裾が広がるスカートをまとい(全員男性です)、一人ひとり導師の前で挨拶をした後、笛 ・太鼓の音楽に合わせて静かに静かに旋回を始めます。右手を上に(神)、左手を下に(人)して緩やかにそして徐々に速度を増して行きます。そのうち目が回らないのか、他の人とぶつからないのかと心配になりましたが、美しい群舞は続き、次第に速度を落とし、静止 しました。また一人ひとり導師に一礼して終了しました。その間、30分位でしょうか。夢を見ているような時間でした。スーフィー達も神と合一し、没我状態だったのでしょう。恍惚とした至福の表情をしていました。この時の彼らがコーヒーを飲んでいたかどうかは、残念ながら確かめる余地がありません。
   前回の稿に書いた禅僧の明恵上人もお茶が修行中の眠気を覚ますことに効果があることを知って、お坊さん達に伝えたようです。

とらやのコーヒー味の羊羹が誕生したのは、昭和38(1963)年6月23日のことでした。「コーヒー羊羹」という名で発売されました。その後2008年に休止していましたが、発売から50年を迎えた2013年、5年ぶりに味とパッケージをリニューアルして「珈琲羊羹」という名で再発売されました。わたしがたまたま見かけたのはその時だったわけです。 コーヒー豆は以前のブルーマウンテンとキリマンジャロから、香り高くまろやかな風味が特徴のコロンビアに替わりました。 一方変わらないのは、羊羹に使用している豆の種類です。小豆のほか、白い豆類(白小豆・福白金時・手亡)も使用しています。豆とコーヒーのバランスをとり、羊羹本来の豆の風味・食感とコーヒーが一体となった美味しさです。   通年で置いていないことをお店に伺うと、やはり父の日に向けての販売というのは本当で、今年は5月9日から6月下旬までということでした。私は期間限定という売り方をするものを好みませんが、珈琲羊羹だけは別です。1年間楽しめるようストックして、少しずつ頂きます。

ところで、私は生まれた時からよく眠る子だったそうです。9月生まれですが、近所の人が春まで生まれたことを知らなかったという冗談のような話を母からよく聞かされました。そのせいか、中・高時代は授業中よく居眠りをして、クラスでも有名でした。私にとって睡眠は重要で、少々いやなことがあっても一眠りすれば、雲散霧消という便利な性格です。いや体質でしょうか?
 その私がここ数年、夜眠れなくなることがあり、その原因がカフェインの摂取であることは分かっています。夕方以降の摂取は致命的ですから、コーヒーに覚醒効果があるのは身をもって実感しています。 しかしながら、朝、昼にコーヒーを飲んでも、午後に講演などを聞くと必ず睡魔に襲われます。これってコーヒーの覚醒効果はどうなっているのでしょう。

   
参考文献ラルフ・S・ハトックス『コーヒーとコーヒーハウス---中世中東における社交飲料の起源』
斎藤富美子・田村愛理訳、同文館、1993
  『イスラーム辞典』岩波書店、2002
  とらや 珈琲羊羹しおり
参考サイト 

型羊羹 珈琲 とらやの和菓子 
YouTube メヴレヴィー教団のセマー

      

(2016.6.15    高25回  堀川佐江子記)

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