第1回 金糸うり   第2回 その1 白うり   〃その2 鮎
第3回 茄子   第4回 松茸   第5回 その1 隠元と胡麻
〃その2 南瓜と小豆   第6回 ぶどう   第7回 鯖
第8回 普茶料理   第9回 さつま芋   第10回 蓮根
第11回 伝統のおせち   第12回 人日節句(じんじつせっく)   第13回 節分
第14回 建国記念の日   第15回 上巳の節句(桃の節句)   第16回 春分の日(春の彼岸)
第17回 お花見   第18回 花祭り(灌仏会)   第19回 端午の節句(こどもの日)
第20回 母の日   第21回 氷室の節句   第22回 父の日
第23回 七夕節句(星まつり)   第24回 祇園祭(祇園さん)   第25回 夏の土用
第26回 お盆   第27回 お月見   第28回 重陽の節句
第29回 体育の日   第30回 秋祭り   第31回 神立ちとえびす講
第32回 七五三   第33回 勤労感謝の日(新嘗祭)   第34回 大晦日からお正月まで
第35回 お正月   ★特別編   第36回 食卓談話「鶴のお話」
第37回 食卓談話「お茶のお話」   第38回 食卓談話「蛤のお話」   第39回 食卓談話「大根と春野菜のお話」
第40回 食卓談話「御馳走のお話」   第41回 食卓談話「節約のお話」   第42回 食卓談話「鶏卵と鶏」のお話」
第43回 食卓談話「旬と桃のお話   第44回 食卓談話「家康の好物のお話   第45回 食卓談話「二宮尊徳翁と澤庵
第46回 食卓談話「味噌汁のお話」   第47回 食卓談話「不老長寿のお話」   第48回 食卓談話「柿のお話」
第49回 食卓談話「酒のお話」   第50回 食卓談話「平常心    
※このコラムは静岡県立浜松北高同窓会女子部「しらはぎ会」のために書かれたものです。作者に無断での転載・転用は固くお断りします。

 

第16回 春分の日(春の彼岸)

春分の日を中心に前後三日間を彼岸といいます。彼岸は向う岸、こちら側は此岸(しがん)といいます。
向う岸は先祖の霊が安らかにいる極楽浄土であり、こちら側は生老病死の四苦、百八の煩悩のある現世です。彼岸の期間はお墓参り、先祖供養はもちろんですが、煩悩から解脱し涅槃(ねはん)の境地に達したいと、自らの理想とするところに向って努力する期間でありましょう。又、亡き人をしのび、今ここに生かされている命の尊さを知って感謝する日でありましょう。
桓武天皇の御代に王位継承問題で無念の死をとげた早良(さわら)親王という方がおられました。その後次々と御身内が亡くなり、巷(ちまた)では、天然痘が流行して死者が続出しました。人々は早良親王のたたりではないかと恐れました。そこで天皇は親王の御霊をなぐさめるために御霊神社に祀り、彼岸会(ひがんえ、806年)をとり行いました。これが日本の彼岸会の始まりだそうです。
平安時代から始まって江戸時代を経て明治時代になって、春分の日は春季皇霊祭となり、天皇が皇霊殿で歴代の天皇の御霊を祭られる儀式が行われる国家の祭日となりました。昭和の御代にも引き継がれましたが、昭和23年、国民の祝日となりました。現在も天皇陛下は歴代の天皇の御霊(みたま)のみならず、国民の先祖の御霊に感謝と祈りをささげて下さっております。
彼岸には一般的に江戸時代からの風習でぼた餅を供えます。ぼた餅はもち米とうるち米(普通の米)を混ぜて炊いて作りますが、今回はうるち米に粟を入れて炊いて作ります。粟は日本の五穀の一つで秋に収穫され、ひなびた味わいがあり、軽くておなかに優しいと感じます。

春にはぼたんの花が咲くのでぼた餅といい、秋には萩の花が咲くのでおはぎと呼びます。同じものでも季節の情感を写して妙です。
作り方
ぼた餅
 
材料(4人分)
もち粟
・・・
2C
・・・

1C

・・・

4C

・・・

大2

小豆あん
・・・

500g(専門店)

きな粉
・・・
1袋(砂糖、塩)
 
 

① 粟はよく洗い笊に上げ、洗い米と共に釜にいれ、水と酒を入れて2時間以上つけてから炊く。
② 炊き上がったら、すりこぎを濡らしてつき、半つぶしにして24~26個に丸める。
半分を小豆あんに、半分をきな粉にする。
③ぬれ布巾に40gのあんをのばし、中央に餅をのせてくるっと包んでつける。きな粉は適宜に。

~小話~
私が子どもだった頃
お彼岸には「お鴨江まいり」に行く習わしがありました。この日は朝からとても浮き浮きしていました。サーカスが見られるからです。行く道々、母は「お彼岸様に詣でるとご先祖様に一年分のご供養をしたことになるのよ。」と言っていました。
境内に入るとまず「阿伽井戸」から長い竹の柄杓(ひしゃく)で菩薩さまの泉を汲み、お地蔵様に手向けます。今は亡き愛する人々の精霊に回向されて皆が成仏するのだそうです。本堂でお線香を上げお詣りした後はサーカス見物です。
たらいを立て、その輪の上に乗った娘さんが体をそらして、たらいの底に置いてあるハンカチを口にくわえて起き上がるのに仰天しました。他に綱渡りやいろいろな曲芸がありましたが、何といっても一番見応えがあるのは空中ブランコでした。はらはらの連続ですが、時々奇抜な衣装のピエロが失敗して墜落し、人々を笑わせるのでした。カンガルーが客席近く迄やって来ると おなかの袋に赤ちゃんがいるのにびっくりしました。他には猛獣が火縄をくぐったりした記憶がありますが、定かではありません。当時女の子が日暮れに帰宅すると両親から「人さらいに会ってサーカスに売られてしまいますよ」と叱られたものです。サーカスの団員さんはさらわれた子ども達かなと思って見ていました。私も売られたら何をやろうかと真剣に考え「そうだ、綱渡りがいい」と思い、小学校の運動場の鉄棒の上を低い方から高い方まで素足で歩いて、とても上手に行ったり来たりして、綱渡りの練習をしていました。今74才を過ぎた私はジムに行っていますが、一番苦手なのが片足立ちです。かつてあんなに上手だったのにと自分の加齢に驚いています。
さて帰り道、鴨江寺から伝馬町迄、びっしり並んだ露店で兄と弟はパイプのハッカ糖を、私と妹はホーズキを買ってもらいました。昼食は松菱百貨店の東郷青児氏の大きな絵が飾られた食堂でお子様ランチを頂きました。チキンライスの上には松菱マークの旗が立てられていました。 帰りの汽車の中では木箱入りのアイスクリームを頂きながらお彼岸詣りの一日は終わるのでした。