夏の土用とは立秋の前18日間をいいます。
暦の上では土用は年四回、立春、立夏、立秋、立冬の前18日間をいいますが、現在は一般に立秋(8月8日)の土用をいいます。
土用の最初の丑の日(7月21日)に鰻を食べる習わしがあります。日本では大変古くから食べていたようで万葉集の中では大伴家持の歌に「むなぎ」と表現されています。いつの頃からか「うなぎ」と呼ばれるようになり、丑の日に「う」のつくものを食べると祓えになると考えられるようになりました。夏バテを防ぐ古人の知恵でしょうか。

1852年(天正10年5月15、16日)、信長が安土城で家康を持て成した献立の中に「うちまる」という料理名で鰻が出されています。この「安土御献立」の接待役は明智光秀でその17日後(6月2日)に本能寺の変が起きています。いつの時代もおもてなしのお料理には気を使うところですね。この饗応の膳が契機となったのかもしれません。しだいに歴史の流れは秀吉に、そして徳川の幕明けとなっていきます。
家康が江戸を干拓した頃、その湿地帯に鰻が住みつくようになりました。当時は鰻をぶつ切り(筒切り)にして縦に串を打ち、たれ味噌や山椒味噌などを塗って焼いたので、その形が「蒲の穂」に似ていたことから「蒲焼き」の名が付いたのです。当時、江戸ではこれが屋台などで売られ、労働者には喜ばれましたが下賎な食べ物とみなされていました。一般的に広まったのは開いて焼いたり蒸したりして脂を落とすようになってからです。
蒲の穂

一説には江戸時代末期、平賀源内(蘭学者、発明家)が鰻屋から相談を受け「本日、土用丑の日」という広告を考案。店頭に貼り出したところ鰻が飛ぶように売れたそうです。江戸で起った流行が、全国に広まり、そして現在に至っています。料理名は開いても蒲焼きのままですが、浜名湖より西、大坂の町人は「腹を割って話す」という意味で腹開き、武士の町江戸では腹開きは「切腹」を連想させるので背開きです。どちらも甘辛いタレを付けて調理します。

うちまる(宇治丸)
うなぎを丸のまま焼き、醤油(濃い)と酒を合わせたたれを付けます。
醤油の使用はこの頃始まったばかりで珍しい高級調味料でした。この醤油は直にすたれ、醤油が一般的に使われるようになるのは暫く後のことです。ほとんどのお料理は「塩と酢」で調理されていました。
 

鰻の埋(うず)み卵豆腐  蛇の目瓜 実山椒

焼きたての白焼きは山葵や生姜醤油でいただくのもいいでしょう。蒲焼きは白焼きにタレを付けて焼くか(関西)、一度蒸してから(関東)つけ焼きにするかです。私は焼きたての白焼きを調味した鍋に並べて程よく煮て、丼やお客様には重箱が用意してありますので、うな重にしてお出ししています。お替り、ありです。

今回は市販の蒲焼きを使って鰻入りの卵豆腐を作ります。このお料理は昔から伝承されているもので現在も御馳走として使われています。お椀にしますが小鉢に盛って旨だしをかけて召し上がるのも良いでしょう。写真を添えました。
材料(6人分)
 
・・・

4個

 

だし

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1C
(A)
・・・
小1/3
薄口醤油
・・・
小1/2
  みりん
・・・
小1
  うなぎ蒲焼き
・・・
1/2匹
  胡瓜
・・・
6cm
  だし
・・・
4C
(B)
・・・
小1
  薄口醤油
・・・
小1
  山椒の実(山葵)  

 

① 卵をボウルに入れて溶き、だし汁を入れて調味(A)してこす。
② 蒲焼きを6つに四角に切る。

③ 卵豆腐の蒸し枠に卵汁の半量を入れ初め中火、なかはごく弱火にして蒸し、80%蒸せたところで、うなぎを並べ残りの卵汁を入れて再び蒸し、6つに切る。
④ 胡瓜は割箸を使って芯を抜き5ミリ厚さに切り、塩ゆでする。
⑤ 椀に③を置き④を添えて調味した汁(B)を注ぎ、山椒の実を吸口にする。

 
お椀
 
小鉢
山椒の青い実はしびれるので色と香りのみ味わう。又、ゆでてさらした実は冷凍保存や佃煮にします。それらを吸口にするのもいいでしょう。又、山葵でもおいしく頂けます。
〜小話〜

土用の頃、遠州灘では土用波と呼ぶ大きな波が立ちます。台風や大潮の影響もあるのですが、寄せては返す波の波長が重なり、ビルの高さに感じる程の大波が海辺で遊んでいる子ども達を一気に巻き込むのでした。今は遊泳禁止となりましたが、海の子らは大人になる迄にこんな経験を何度もして海を知りました。それでも夏休みの日課は海や浜名湖へ泳ぎに行くことでした。
夏休みになるとこの浜名湖へ涼を求めて兄や私の友人達が訪れました。私の家族が接待好きのこともありましたが、本当は鰻が目当てだったのかもしれません。
天然の鰻は川や浜名湖でもとれますが、一般的なものは浜名湖周辺の池で養殖されています。父は
「喜田君が来るから鰻を買いに行ってくる。」と言って数軒ある鰻の養殖場を選定していました。誰の池が良いかの判別です。池替えをしっかりしているか、餌は程良いか、運動させているか(鰻の数と池の広さ)、立場*1(たてば)の水は、等です。戦前は北海道のホッケを餌にして2・3年かけて育てていましたが、今は稚魚(シラスウナギ*2)に合成飼料を与え、ハウスの中の温水プールで育てているので半年で成魚となります。池から上げた鰻に立場でシャワーを浴びせ、汚れを吐かせてから出荷します。

昔、「うなぎと梅干し」は食い合わせといって一緒に食べてはいけないと言われていました。ある日テレビ番組で大学生10人程に実験させていました。「何ともない」と放映されていましたが、私の体験ではみかんと一緒に食べて腹痛を起こしたこともしばしばです。又料理の師匠のお父様がこれで亡くなられたとも聞いています。
鰻は脂が強く消化するのに8時間かかると言われていますので、体が弱っている時は気を付けるにこしたことはありません。

*1 立場  
  鰻の沢山入ったカゴを置いて、高い所から水を落として泥を吐かせる場所
     
*2 シラスウナギ  
  河口近くの海で獲れますが近年漁獲量が減ってしまい、行く行くは鰻が食べられなくなるのではと懸念されています。長年謎とされていたシラスウナギの卵が最近(平成23年)マリアナ諸島の水深200mの青い青い海で生まれ、一日半でふ化して2000kmの旅をして日本に到達することが解かりました。又、近年(平成22年4月から)東京大学で卵からふ化して養殖を始めています。世界で初めての試みだそうです。
私達は卵を生む親鰻を守るために河川の環境の悪化を防ぐ努力をしなければなりません。世界中で日本が一番鰻を食べる(年間3億6000万匹)民族だからです。