徳川8代将軍吉宗は、最も下情(かじょう)に通じてゐたが、或る時、豆腐を供すると「これは白川大豆で造ったか」と、訊(き)かれたので、膳番衆に問合せると、果(は)たしてさうであったとて、近習(きんじゅう)一同舌を巻いた。 婚禮の吸い物に蛤を用ひさせたのは、この吉宗が元祖で、「蛤貝の番(つが)ひが合ふのは、唯(た)だ一つに限られてある。夫婦の道もその通りだ。殊(こと)に、沿岸のどこにも多産し、償(あた)ひの康(やす)いものであるから、いかなる貧者でも用い兼(かね)ることはない」というのが趣意であった。

 
蛤のうしほ(昭和11年春の汁物)
材料(5人前)
中蛤  15個
  盬(しほ)[粗塩]
 
盬漬の櫻の花少々(又は木の芽)
拵へ方(こしらえかた)
蛤はざっと洗ひ、鍋に入れ、水を5合(0.9立)加へて火にかけ、煮立ったらすぐ火を弱めて蓋をとり、手早く味加減を見て、足りないだけ塩を足し、すぐ下ろして椀にもり、櫻の盬漬か木の芽を浮かべ、熱い中(うち)にすすめます。
   
 

備考:貝は煮すぎると固くなって風味を失ひますから、半煮え加減がよいところです。必ず食べる直前に拵へることで、温めなほしたりしては全(まった)く値打がなくなります。


~私の感じること~

 昔の宿場町であった海辺の実家では、暫々、蛤のお吸物が食卓に出され、普段は昭和11年の「うしほ」のように蛤は3個入っていました。来客の折には、お刺身、茶碗蒸し、フライの前にお吸物が出されます。冬はかき、春は蛤で、蛤の潮汁の中には「よりうど」が浮いていました。この潮汁を作る度に母は「結婚式の宴席では蛤のお吸物が必ず出されるの。貝を2個入れて、1個目の貝は上向き、2個目の貝は下向きに重ねて入れるのよ」と、話していたのを思い出します。娘の頃でしたが、この意味は何となく解っていたようです。
 蛤の潮汁(うしおじる)については昨年の上巳の節句(第15回)で作り方や写真を掲載してありますので御覧下さい。蛤は何故ひな祭りに使うのかなども詳しく掲載してあります。ただこの婚禮の蛤については母からの伝承だとばかり思っていましたが、吉宗からとは、私も初めて知りました。

 前回、お茶のお話を載せましたが、「結婚話(縁談)の来客にはお茶は出さないの。茶化すと言って・・・、桜湯を出すのよ」と、母は姉妹のそんな折には塩漬けの桜花に湯を注いでお出ししていました。
 今回は新たに蛤2個と塩漬けの桜花を使ってお祝いの「うしほ」を作ってみました。