第1回 金糸うり   第2回 その1 白うり   〃その2 鮎
第3回 茄子   第4回 松茸   第5回 その1 隠元と胡麻
〃その2 南瓜と小豆   第6回 ぶどう   第7回 鯖
第8回 普茶料理   第9回 さつま芋   第10回 蓮根
第11回 伝統のおせち   第12回 人日節句(じんじつせっく)   第13回 節分
第14回 建国記念の日   第15回 上巳の節句(桃の節句)   第16回 春分の日(春の彼岸)
第17回 お花見   第18回 花祭り(灌仏会)   第19回 端午の節句(こどもの日)
第20回 母の日   第21回 氷室の節句   第22回 父の日
第23回 七夕節句(星まつり)   第24回 祇園祭(祇園さん)   第25回 夏の土用
第26回 お盆   第27回 お月見   第28回 重陽の節句
第29回 体育の日   第30回 秋祭り   第31回 神立ちとえびす講
第32回 七五三   第33回 勤労感謝の日(新嘗祭)   第34回 大晦日からお正月まで
第35回 お正月   ★特別編   第36回 食卓談話「鶴のお話」
第37回 食卓談話「お茶のお話」   第38回 食卓談話「蛤のお話」   第39回 食卓談話「大根と春野菜のお話」
第40回 食卓談話「御馳走のお話」   第41回 食卓談話「節約のお話」   第42回 食卓談話「鶏卵と鶏」のお話」
第43回 食卓談話「旬と桃のお話   第44回 食卓談話「家康の好物のお話   第45回 食卓談話「二宮尊徳翁と澤庵
第46回 食卓談話「味噌汁のお話」   第47回 食卓談話「不老長寿のお話」   第48回 食卓談話「柿のお話」
第49回 食卓談話「酒のお話」   第50回 食卓談話「平常心    
※このコラムは静岡県立浜松北高同窓会女子部「しらはぎ会」のために書かれたものです。作者に無断での転載・転用は固くお断りします。

 ある日、二宮尊德翁が、家人と食事の時、鉢に盛られた澤庵を挟まうとすると、下の皮がよく切れてなかったので、4、5切つながったままであった。翁は「そら大切なのはここだよ。澤庵漬けを出すのも容易(たやす)い事ではない。先(ま)ず重石を下し、蓋をあけ、糠だらけの大根を引出して、それから樽をもとの様に始末してから、糠を洗ひ落とし、さて包丁で切って鉢へ盛る。所で切る時に少し力の入れ具合が足らぬと、イザ食べる時に此の様な不體裁(ふていさい)なことになる。十のものを九までは誰でも出来るが、殘りの一つを完全にする人が少ない。ここが其の人の成功不成功、すべての分れ目ぢゃ。ここを大切と心得るがよい」と、訓へられた。

糠漬けの甕
朝茶事の香物
~私の感じること~
夏の香物
 
秋の香物
 
秋の香物
 
冬の香物
 
春の香物

「本日休診」の札が掛けられると、その日は来客です。
 父は浜名湖に和舟をこぎ出し、流し釣りをしてコチやカレイを釣ってきました。それを料理してお客のお持て成しをするので、私も父母の手伝いに大忙しでした。
 ここまでは良いのですが、父がお料理の中で一番気にしていたのは香の物でした。特に糠漬けで、床の味わい、香り、発酵状態などと漬け具合です。茄子の濃紺(茄子紺)の色には更にこだわっていて漬ける時間や出すタイミングをいつもこと細かに注意するのでした。「今日の茄子は誰が仕入れてきたのか。ねーやか芳子か。」と。「茄子はふっくりとしてみずみずしく、皮の柔らかいものを選びなさい。あら塩でもんで、出す時間によって縦半分に切り込みを入れるか四つに切り込みを入れるかを決め、出す時には甕(かめ)の中で軽く糠を落とし、決して絞ったりせず、流し台に持って来たら糠のついたままの状態で程よく手でもんで、それから糠を洗い落として軽く絞って切る。それは相手が香の物を召し上がる直前にすること。」と、云った風にです。香の物の好きな妹には、幼稚園まで、お弁当の時間に「茄子の糠漬け」を家族に運ばせる徹底振りでした。
 こんな訳ですから、お客は、お帰りには父の自慢の沢庵を新聞紙と風呂敷に包んでお土産にしなければなりません。ビニールがない頃ですから汽車の中でさぞ臭ったことでしょう。
 夏になると沢庵はキャベツと一緒に「かくや」にして子ども達(私達)に食べさせました。写真を掲載しました。

 さて、沢庵(たくあん)は香の物の主役ですが、何故(なぜ)香の物と呼んだのでしょうか。
平安時代より行われていた香を聞く、聞香の際、嗅覚が鈍ると大根の塩漬けを噛んで嗅覚を復活させた、といわれています。これが香の物の名の由来です。この頃の大根は塩漬けでしたが、その後、糠と塩を混ぜて漬けるようになりました。
 江戸時代の初期、澤庵和尚が創建した東京、品川の東海寺に徳川家光が訪れました。その際に米ぬかと塩を混ぜた大根漬けを供したところ、たいそうお気に召され、「名前がないのであれば澤庵漬けと呼ぶべし」と云われたことから、これを澤庵と呼ぶようになりました。
 江戸時代にはこの澤庵が大流行して当時の武士のおかずに欠かせないものとなりました。では、何切れ付けたのでしょうか。一切れ付けるのは「人斬れ」に通じてよろしくなく、三切れは「身切れ(腹を切れ)」に通じますので、二切れ出しました。私は師匠から教えられたまま何の疑問もなく、香物の鉢の中には必ず二切れの澤庵を入れているのですが、この原稿を書きながら納得した次第です。

 私の教室では茶懐石のフルメニューで授業をしています。
この懐石料理は茶の湯の茶事で出すお料理で、食礼としてこまかい決まりがあります。

湯斗と香物

 献立は、御飯、味噌汁、向付、椀盛、焼物、預け鉢、箸洗、八寸、湯斗、香物と決められていて、懐石の締めくくりが香物です。このように香物は大切な懐石の一品なのですが、これがなかなか満点に盛ることができません。つい家庭のくせが出てしまい、悩みの種です。香物は3~5種類を鉢に盛り合わせ、人数分を出します。その中心の一種類は澤庵です。澤庵は浅漬けから古漬けまで季節によって変わり、切り方も異なります。また、客の年齢も考慮して食べ易いように切り、茶席で静かに頂けるように切れ目を入れたり、裏側に切り込みを入れる配慮も必要となります。その他はなるべく自家製で季節の漬物を添えたいものですが、各地の長い歴史を持つ洗練された味の漬物を取り合わせるのも良いでしょう。

 香物は懐石では湯斗と一緒に持ち出します。湯斗は一般の食事の終りに出される番茶や焙茶に当たるもので、お焦げの御飯に湯を入れて持ち出します。香物と一口残しておいた御飯でお茶漬けのように頂くものです。
 懐石料理は濃茶をおいしく味わって頂くための茶席のお料理ですから、いろいろと作法がありますが、お料理は特別なものではありません。日常の惣菜の中から自分の得意なお料理を選んで、季節の材料に繊細な味を付け、形や色合い、器との兼ね合いも考えて、おいしさと美しさを追求するものです。お料理は簡素に用いるのが本来のあり方ですが、その日の趣向やお客に合わせて豊かでもよろしいかと思います。合理的な段取りと的確な作業で、間合いよく全体の調和を心がけるように致します。
茶の湯のお点前は一手間違えれば次に進めません。懐石も同様です。出来る限り十に近づけるようにと日々研鑽を積むことが求められます。
 日本人のこの茶の湯のように常に完成(十)を目指すことは、じつは、形を整えることで心を安定させ、健全な精神を育むという禅的な意味合いが込められていると私は考えています。前記の談話は、人は常にモチベーションを高く、と説かれたものでしょうか。

 
たくあんとキャベツのかくや
 
沢庵とキャベツのかくや
たくあんは薄い輪切りにして細切りにする。キャベツはせん切りにして立塩(3%塩水)に漬けて、しんなりしたら絞る。二つを混ぜて鉢に盛る。
なすと青じその即席塩漬け
茄子と青じその即席漬け
材料

茄子

2個
青紫蘇
10枚

生姜

1片

味の素

少々
醤油
少々

 

① 茄子は、縦半分に切って、薄い小口切りにする。
② 立塩(水2C、塩大1)に10分程度漬けてアクを取り、しんなりしたら絞る。
③ 青じそは揃えて丸め、細い小口切りにして水に晒し、水けをきる。
④ ②と③を混ぜ合わせて鉢に盛り、おろし生姜をのせる。
⑤ 各々の器に取り分け、好みで味の素、醤油をかけて食す。