天神蔵
蕪村が大雅堂に送った手紙に中に、
 
酒は百薬の長、酒は百惡の長
酒はただのまねば須磨の浦さびし すぐればあかし波風ぞ立つ
 
 
92歳といふ髙齢で逝(ゆ)いた大倉喜八郎翁が、生前、石黒況翁から「龜の年」といふ銘酒を贈られた時、
その禮状に狂歌を添へられたのを見れば、
 
百(もも)とせを 祝ひてたまふ 龜の年 ただ感涙に むせびつる
 
大倉翁は狂歌をよくし、號を鶴彦と云った。
~私の感じること~

かつて浜松地方には集落ごとに2、3軒造り酒屋*1と呼ばれる日本酒(清酒)を造る醸造業の家がありました。家柄もよく裕福なので近隣の人々から崇(あが)められていました。父母はこの蔵元との交流もあり、お酒造りの大変さも聞かされておりました。近年このお酒造りに携わる杜氏(とうじ)が年老いたり、後継者がいなかったり、又流通の便もよくなって各地の銘酒が安易に手に入るようになり、地酒のみで良かった時代が過ぎてしまいました。そんなこんなで現在は中区と浜北区の2軒のみとなってしまいました。
日本酒造りの工程は今年(H.24.2.12)、しらはぎ会の小行事で 天神蔵にて見学させて頂きました。お酒造りにはご存知のとおり、お米とお水が必要ですが、これらが品質に影響を与えるため、特に厳選されたものが求められます。原料は簡素ですが、杜氏の技と心入れの、その酒造工程は10工程、ビン詰迄ですと15工程にも及ぶ繊細で根気のいる作業ですから、ここで一口に申し上げて良いものではありません。さて清酒には製法品質が国(国税局)の基準で定められている特定名称酒と呼ばれるものがあります。吟醸酒、純米酒、本醸造酒の3種がこれに当たります。以前は特級酒、一級酒、二級酒と呼んでいたのですが、平成になってから変ったようです。それ以外にも普通酒があり、又、原酒、たる酒、生一本などについても基準が定められています。稔りの秋を迎えお酒造りに適した銘柄のお米*2が収穫されると、いよいよ本格的な仕込みに入るのです。

*1 私の知っている限りでは東区に1軒、西区に1軒、南区に2軒、中区に2軒、浜北区に2軒の8軒ありました。
*2 山田錦、五百万石、美山錦、あいちのかおり、誉富士など。

おちょこ、いろいろ
亡き父は大の酒豪で若い頃は1日に1升の清酒を飲んでいたこともあったそうです。しかし戦中戦後は米事情が悪く、お酒は入手困難でした。そんな頃、父は診療室にコップを持って行き透明な液体を半分ほど入れて嬉しそうに食堂に入って来て、お湯を注ぎ飲んでいました。私が、「目がつぶれない?」と聞くと「そんなものではないから大丈夫だよ。」と言っていましたが、あれは薬用アルコールだったのでしょう。
お米がやっと手に入るようになったある日、「お前達に甘酒を造ってやろうとしたのに酸っぱくなってしまった。」と困り顔で縁の下から白い液体をこっそり取り出して飲んでいました。一度だけのことでしたが、何だかいけないのではないかと子供心に思ったものです。
私は、今、国粋主義者であった父の敗戦による数々の痛手のささやかな「いやし」であったと考えてあげたいと思っています。その後は徐々に酒量も減り私達が成長するにつれて健康に気をつけるようになりました。自ら1日1合5勺、晩酌のみと決め、これを守り通していました。フラスコ*3に入れて「かん」を付けるのは私の役目です。フラスコを火にかけたとたん「芳子、きのうより5ミリ少ないよ」と言うので、仕方なく少し足したりするのでした。手酌でゆっくり盃を傾け、御機嫌うるわしくなった頃、チャンス到来です。私達のおねだりのタイミングとなるのでした。
父は私が父の血を引いてお酒好きになるのではと恐れていたらしく東京の大学に決った時、「一口たりとも酒を口にしたら学資をたつ。帰宅させる。」と厳しい申し付けでした。お蔭で下戸のままの私がありますが、日本料理(会席、茶懐石)には日本酒が付きものですから損をしてしまったと思っています。厳しくて優しい子煩悩な父でしたが計らずも大倉翁と同じ92歳で天寿を全うしました。

丸フラスコ
三角フラスコ

*3 父のフラスコは丸でしたが、夫の父は「三角フラスコだった」ともめていましたところ、息子がやってきて「5ミリ足りないと言ったなら目盛りのない丸フラスコでしょう。とっくりとしても丸形の方がいいでしょう。」とのことですが、夫を立てて写真には両方掲載しました。

今回はお酒を使ったお料理や酒粕、麹などを使ったお料理を数点上げてみようと思いますが、いずれもむずかしい課題です。

① 松茸ご飯

米3カップを釜に入れ、白米ラインまでだしを入れる。その中から大さじ6杯のだしを引く。
酒大さじ3、薄口醤油大さじ3をたして、元のラインにする。
松茸2本を薄切りし、鶏もも肉を適宜に切って加え、スイッチ・オンする。

   
注:米1カップに対して酒大さじ1、薄口醤油大さじ1が丁度良い。
米3カップを濃口醤油で炊く時は色が濃くなり過ぎるので、濃口醤油大さじ2と塩小さじ1/2にする炊き込みご飯の調味料はいつでもこの割合で良い。
松茸と鶏肉の水分は気にしなくていい。

松茸ご飯
② 枝豆ご飯

米2カップ、枝豆(むき身)2/3カップ、酒大さじ2、塩小さじ1、水(白米のラインまで)
入れて炊く。
   
注:枝豆を炊き込むと、白飯がもち米のようにもっちりして枝豆のよい香りがする。 少し緑色が変るので別鍋で塩ゆでした枝豆を飾り用にするのもよい。
今回の枝豆は茶豆の香りを持った濃い緑色の豆を使いました。枝豆ご飯は私も始めてです。

グリーンピースご飯も同様にして作ります。

 

枝豆ご飯
③ 栗ご飯

米2カップ、もち米1カップを洗って釜に入れ、だし3カップを入れ、1時間以上たってから塩小さじ1、酒大2、薄口醤油小さじ2と生栗12個の皮をむいて1時間水につけてアクを抜き、四つ切りしたものを混ぜて炊く。
   
注:生栗は少し茹でると 鬼殻、渋皮がむき易い。
みょうばん水に漬けるとアクがよくぬける。

 

栗ご飯
① 会わせ味噌酒粕仕立

酒粕50gは熱湯で柔らかくしておく。大根、人参、こんにゃくは短冊切りして4カップのだしで煮て、煮えたら油揚げを入れて酒粕と味噌50gを溶き入れ、塩で味を調え、沸騰したら水菜をぱっと入れて椀に盛り唐辛子粉をふる。
   
注:味噌は信州味噌、酒粕は吟醸酒の酒粕を使いました。

 

合わせ味噌酒粕仕立
② すっぽん仕立

合鴨ロース160g~200gは脂身と皮が適量ついたところを5~7ミリ厚さに一人2枚あてに切り、4カップの水に酒1.5カップ入れた鍋に入れて、アクと脂をすくい取りながら肉に火が通ったら薄口醤油大さじ1と生姜の絞り汁を入れる。
椀に肉を据え、焼き葱2切れと茹でたほうれん草を添えて盛り、汁を張る。

注:すっぽん仕立の汁は中身の持ち味を生かし、普通はだしを使わずに酒と薄口醤油で仕立てます。
酒は汁の2~3割を使いますが、今回は少な目。
清汁仕立にくらべて、二義的な汁といえます。

すっぽん仕立
③ 三平汁酒粕仕立

酒粕200gは少量の湯でよく溶かしておく。鮭(西京漬け)160gは4切れにする。
ジャガイモ、大根、人参、椎茸は乱切りして、だし5カップで煮る。
その中へ酒粕を加え、よく煮えたら味見をして足りなければ塩で調える。

注:三平汁には糠漬けのにしんや鮭を使いますが、今回は西京漬けの鮭がありましたので使いました。
塩鮭や塩鮭のかま等がいいですね。

三平汁酒粕仕立
① 連子鯛塩麹焼き

鯛250gは1切れ40g位に切り、水気を取って塩麹を薄く伸ばすように塗って一晩冷蔵庫で寝かせる。

そのまま弱火で焼く。
連子鯛塩麹焼き
② 鯖の一塩酒焼き

一切れ50g程度にして塩をふる。

塩が溶けたところで小骨を抜き、皮に切り目を入れて酒を塗って焼く。


鯖の一塩酒焼き
③ あさりの酒蒸し

あさり一人100g、酒大さじ1の割合で鍋にいれ、蓋をして強火で蒸し上げる。


あさりの酒蒸し
① 甘酒

米の澱粉が麹の糖化酵素によってぶどう糖や麦芽糖、デキストリンなどの甘味成分に分解して出来た甘い酒。
市販に「あま酒」がある。

酒粕を溶いて、砂糖を加えても出来ます。


甘酒
② 酒饅頭

小麦粉に米麹を加えてねかせ、小豆あんを包んで蒸したもの。
酒種である米麹の醗酵による炭酸ガスを利用して皮を膨らませる。
鎌倉時代に聖一国師が宋から製法を伝えたといわれる。
虎屋が御所に献上したため虎屋まんじゅうが有名。

近くは浜松百里堂の名物、百里饅頭が有名。


酒饅頭

私が教室で「お酒を使った珍しいお料理がないかしら」と言っておりましたところ、生徒さん(同窓の後輩)からお申し越しがありましたので追加させて頂きます。
生徒さんのお父様(同窓の医師)が「母の漬けた奈良漬けが食べたい」と、御自身で白瓜の種を蒔き、大きな白瓜を沢山収穫なさったそうです。そこで、生徒さんとお母様とで、お祖母さまのレシピに従って「奈良漬けを作っております」と、昔のレシピをお持ち下さいました。掲載させて頂きます。
忙しい世の中ですがまだこんなに豊かな思いで手間暇かけてお漬物をなさる御家もおられると感動しています(寒い地方ではありませんのに)。

写真は白瓜(越瓜)としょうちゅうがめに漬けたところの2枚です。

 

白瓜
しょうちゅうがめに漬けたところ
奈良漬けの作り方
材料
 
しょうちゅうがめ(1斗がめ)にちょうど入る量です。
 
白瓜 
・・・
20本(なるべく大きなもの)
  キザラ
・・・
4Kg(最初に3Kg、漬け換えに1Kg)
  味醂
・・・
2合(360cc)位(2回分)
 
・・・
3Kg
       

① 白瓜は出盛りの7月下旬から8月上旬に買うとよい。 
肉厚の大きなものがおいしい。大きさをなるべくそろえた方がよい。
八百屋さんに頼んでおかないと手に入りにくいかもしれません。

② 酒粕は板粕ですと扱いが大変なので、函入りの練り粕を使っています。
1函20キロ入りですが、小分けしても売ってもらえますし、また5キロ入りの紙箱入りも市販されています。あらかじめ春の頃に酒屋さんに確かめて予約した方がよいでしょう。
③ 漬け込む容器は木製より「しょうちゅうがめ」のような陶器のかめの方がよい。(かめの方が盛夏、温度を低く保つように思われます。)
① うりを縦二つに切り、中の「よう」(種子)を大きなスプーンを使ってくり抜く。
(すっかりきれいに取らないと、すっぱくなる原因になるので、できるだけ丁寧に取り去ること。)
② うりの舟にすれすれいっぱいに塩を入れて人指し指で一なすりの塩を払いのけます。
(舟に9分目の塩を入れる。)

③ かめの底に少し塩を振り、うりの塩の入った方を上向きにしてきっちり1列に縦に並べます。
(3、4本位しか並べません。)
2段目は横に一列に並べます。これを交互にくり返し重ねていきます。押しふたを置いて、軽い重石をします。

④ 一昼夜半過ぎれば、うりの舟の塩はほとんど溶けて残っていなくなります。そうなったらうりをかめから出して半日位、すだれやざるのような水切れのできるものの上に広げて陰干しをする。更にふきんできれいに水分を取ります。
⑤ 漬け込み・・・水分のよく取れたうりを器に漬け込む。
 
(1)
味醂、キザラをそれぞれボールにあけて用意する。
 
(2)
まず味醂にうりをくぐらせ、次にキザラをまぶす。
 
(3)
酒粕をかめの底に2センチ位の厚さに塗る。
 
(4)
うりを下向きにして縦1列にきっちり並べ、すきまを酒粕でふさいで平らにしたあと、うりが見えなくなるまで粕を1センチ位の厚さに敷く。
 
(5)
次にうりを横1列に並べ(4)と同様にする。これを交互にくり返し、重ねていきます。
 
(6)
一番上には酒粕を二センチ位の厚さに敷いて、よく押さえる。
 
(7)
表面をサランラップで密封する。ふたをしてその上にビニールのふろしきなどをかけてヒモできっちりしばって、冷暗所に置く。
⑥ 漬け換え・・・1ヶ月位したら、うりを取り出して漬け換えます。
 
(1)
抜き粕を3キロ位別にして、残りの中に新しい酒粕を2キロ足してよく混ぜる。
 
(2)
一度目と同様、味醂にうりをくぐらせ、キザラをまぶしたあと、かめに漬け込む。
⑦ 1ヶ月後位から食べられます。
抜き粕の利用法・・・別にした抜き粕に、きゅうり、なす、ごぼう、大根、しょうがなどを漬けるとおいしい。
 
茄子の漬け方
なすはヘタをつけたまま漬ける。塩をまぶし、軽い重石をする。
2、3日すると水が上がってくる。その水を捨てて、なす全体に塩をふりかけ、もう一度重石をする。
一日して再び水が上がったらざるに上げて半日位陰干しにする。
ふきんで水気をよくふきとって、白瓜と同様に酒粕に漬け込む。
 
きゅうりもなすと同様に塩漬けしてから、酒粕に漬け込みますが、なるべく種の少ない、細い新鮮なものを使わないとおいしくできません。
 
大根
縦に半分に切る。2、3日塩漬けしてから、漬け込みます。
 
ごぼう
なるべく細いものを塩漬けして、1週間後に漬け込みます。